蟠り
晴天。
嫌っ、て言っても許してくれなさそうに照りつける真夏の太陽。
睨みたいが直視す ることすらできない。
私は目を細めながら上を見上げ、点検し終えた帆をきちんと巻き上 げて、固く紐で止める。
引っ張って容易に外れないことを確認する。よし。大丈夫。
私は 甲板に飛び降りる。
さて、終わったぞ。私はうん、と伸びをする。
「」
不意に寧 将軍の呼び声が耳を掠めた。
振り向くと岸に寧将軍がいる。
「何かご用ですかー?」
甲板から身を乗り出して問うと、寧将軍は手招きした。
を?
近くに居た人に呂将軍への終了報 告を頼み、私は甲板と陸を繋ぐ橋を渡る。
「お待たせしました」
「おう」
「何用でしょう か?」
「いや、な…」
鼻の頭を掻きながら、言いにくそうに語尾を濁らす。
?
「陸遜となにかあったのか」
あったような、ないような…
伯言はちゃんとした男の子で、いつまでも子供じゃないんだ、ってことを理解しただけでー・・・
「いいえ、別にありませんけど?」
「そう か。ならいいけどよ」
私の返答に曖昧に笑う。
「どうかしたんですか?」
なんかな、と甘寧殿が変な顔をする。
「あいつ友達いないだろ」
あいつ?伯言?
「そうなんですか」
随分女性には人気があったけれども?
「おうよ。基本的あいつは子明にくっついるし、同世代の奴とも砕けた付き合いもないしな」
子明ー??ああ、呂蒙将軍のことか。
「でも、寧将軍とは仲がいいように思いますが?」
「ああ、それはまぁ・・・従軍の状況が似てるからだよ」
「似てる??」
「お前だってそうだろが」
きょとんとする私を、甘寧殿が軽く小突く。
私もそう・・・????
あ。
「旗揚げ当初からいない、ってことですか?」
「戦から拾い上げられた、ってこともだな」
なーる。
確かに、この微妙な状況は、置かれてる者にしかわからない。
各言う私も、伯言の「友達いない宣言」をバカに出来る人間ではない。
戦に何度も出てはいるが、それでも一旦何処かを裏切って来た者に対して、周囲の視線は冷たい。
オトモダチはいても、親友なぞはいない。
別に私は、そんなに友人とべたべたする方じゃないし、一人で居るのも実はそんなに苦にならない性分であるから、今までそんなに気にも留めてなかったけど・・・。
「お前と陸遜は同郷人だろ?」
「ええ、まぁ、そうなりますねー」
寧将軍が私の頭を軽く叩く。
「何があったか知らないけどよ、幼馴染に避けられるほど堪える事はないぜ?
あの鉄面皮にもいささか傷が付いてるように思えるな」
「え?」
「仕事の邪魔してわるかったな。じゃあ」
私の疑問を増やすだけ増やして、寧将軍は片手を上げてその場を去っていった。
???なんだぁ??
私は寧将軍の後姿を見送りながら、言葉を反芻する。
私が避けてることで、伯言が傷ついてる??
そんな馬鹿な。
最初にシカト始めたのはあいつじゃん。
結局、仲直りしたけど。
でも、別にその仕返しってわけじゃないけど・・・。
幼馴染なんて、取るに足らない存在だし・・・。
自虐的な思考と裏腹に、頬が緩んでいくのがわかる。
私にとって陸遜は幼馴染だけど、陸遜にとっても私は幼馴染なんだ。
陸遜は陸遜なんだ。
単純明快で当たり前な答え。私は何を勘違いして、自分と言う存在を可愛がっていたんだろう。
はずかしっ。
先日の宴で、陸遜が女の人と関係を持ったのか?
そんなこと私の頭の中じゃ処理できないよ?
じゃあ、聞きゃーいいじゃん。
なんとなく、周都督に言われた言葉が分かった気がした。
"その場にいたからとて、全員が全員事を起こすはずがありません。それに、私はその人の性格や内面を知っていますから"
バンっ!
「たのもーっ」
私は景気よく陸遜の部屋の扉を開けた。
突然の来訪者(私)に面食らった伯言は、妙な体勢でこちらをきょとんと見ている。
「どもー。お元気ですかー?陸軍師ー」
「??」
「そです」
「え・・?ど、どうしたんですか???」
私の唐突の来訪と妙な調子に、少々混乱気味の陸遜君。
私は、彼の前にすたすたと歩いていく。
「伯言」
「え、な、なんです?」
「この前の夜何してたの?」
「え?ええ??」
「なーにーしーてーたーのー?」
「ちょ・・ちょっと・・・っ?」
後ろに引く陸遜の胸倉を掴み、低い声で彼に囁く。
「戦の後の、アレ。伯言出たでしょ?」
「あ、ええ、ええ、はい、でましたよ」
「ふぅん」
私は彼を解放する。
「はぁん」
わざと意地悪そうに、からかうような口調で彼をなじってみる。
「な、なんなんですか」
「いやー。べーつーにー?」
鼻白む陸遜。
私の態度に、陸遜はしばし逡巡し、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・誤解してるようですが、僕は周都督の代返をしただけで、何もしてはいませんよ」
ああいうのって苦手なんです、と陸遜が下を向きながら呟いた。
ほら、やっぱり。
伯言は伯言だね。
って!周都督、アンタ!!
「・・・・あのー・・・・・・・・・?」
伯言が、おずおずと言った感じに私に話しかけてきた。
今の状況は、私が仁王立ちに勝利の笑みを浮かべていて、陸遜が床にペタンと座っている。
いや、ホントに"おずおず"って感じだわ。
「なに?」
「・・・・・・何か癇に障るようなことしましたか・・・・・?」
気づけコラ。
「貴方に避けられて・・・貴方に昔ヒドイコトをしたな、って身にしみましたよ・・・」
・・・・へぇ。
項垂れた状態で、呟く陸遜の頭を、ぽんぽんと軽く叩く。
陸遜が顔を上げる。
「?」
「もー機嫌直ったから、別に伯言は気にしなくて大丈夫だよー」
「・・・って、機嫌悪かったから、私のこと無視してたんですかっ!?」
「そーともゆー」
私がカラカラ笑うのに、陸遜が呆れた様な、安堵の様な表情を浮かべた。
本当のことなんて、言えやしない。言えやしない。恥ずかしすぎる。穴があったら入るどころか、むしろ埋まりたい。
脳内でのたうち回りながら、私は陸遜に、
「じゃ」
そう言って、立ち去ろうとした。
「あ、」
扉に手をかけた私に、陸遜からの呼び声が掛かる。
私は首だけを振り向かす。
「ん?」
「お茶、飲んで行きませんか?」
そう言って、伯言がはんなりと微笑んだ。
一端の独占欲。
でも、ソレは恋とは違うよね?
挿絵
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