思考
私は何も考えない。
考えるのは一介の武人のすることじゃない。それは上に立つ者や、軍師の仕事だ。
だから、私は考えない。
戦場に行けと言われれば、赴く。
誰かを護衛しろと言われれば、馳せ参じる。
奇襲を掛けろと言われれば、特攻していく。
目標は敵の首。
死体も踏み越え、獲物が使えなくなれば、死者から剥ぎ取る。
そこに思考する時間はない。否、泥棒のようだとか、酷いとか、可哀想だなどとすらも、考えたことがない。
・・・ちょっと、ココまで考えて、自分って結構酷い奴だなーと思ったり、思わなかったり・・・(どっちだよ)
でも、今は考えなくちゃいけない。
何故なら、今私は、捕えられてしまったからだ。
・・・・まずいーっ!!!本気でまずい!!!逃げなきゃ、無駄死にやん!!!!
いくら特攻隊長(?)でも、犬死はいーやーだー!!!
話は数刻前に遡る。
私はとある戦場に赴いていた。
本陣にいる指揮官は、周瑜殿。前線部隊を率いているのは伯言。
要するに、結構大きな戦なんだ。
・・・まぁ、戦に関しての私の認識なんてそんな程度で。
実際に何処の国と戦っているのかも、よくわかってなかったりする。
その点は、寧将軍と似ているのかも知れない。
ところで。
戦と言うものは、一朝一夕で行われるものじゃない。
実際、何日も打ち合いしたり、冷戦状態が続いたりしたりする。
同じ戦が3月以上・・・下手をすれば半年続いたりもする。
その日は、戦もほぼ半ばの頃。
まだ終局と言うわけでもなく、前哨戦というほど出し惜しみをしない、ここぞ、という時期だ。
一番、武将の真価が問われるとき。
まぁ、つまり、えらいこっちゃな戦場なのである。
「陸遜隊、敵将討ち取ったり!」
名乗りを上げて私は、敵を屠って行く。
誰が誰だかはっきりってよくわからない。敵将の顔だけは頭に叩き込んだつもりだ。
あとは、防具の色で見分ける。
力が拮抗している、ぐちゃぐちゃな戦場。下手をしたら味方にも切られる。
「!」
弓兵が放つ矢を叩き落とし、私は前へ進んでいく。
陸遜の本隊は、ここにはいない。
私は、今回もまた伯言の護衛兵にはなれなかった。
別にいいけどー、ぶー。
お!
「!お相手いたす!」
私は"手柄"に向かって吼えた。
怨むなよー☆
敵は槍兵。しかも馬上。
・・・・私馬苦手なんだよね。乗るのも、殺るのもー。
相手は私の名乗りに応じ、槍を構えて、走らせてくる。
いい馬使ってるな!早い!
私は、相手の繰り出した槍を、剣ですり上げた。
「ぐ・・・っ」
きーっ!やっぱ力技はだめだわーっ。手が痺れる。
うう、所詮はか弱い女の子なのね。私。
それでも、槍をすり上げたのは功を奏したようで、相手の攻撃が一瞬だけ止んだ。
私を通り過ぎた馬の背後を私は追った。剣の持ち方を、懐刀を持つような形に変える。
向こう側が再びコチラに向けて、馬を走らせた。
!
にやり。
私は、垂直に飛び上がった。
馬の速度は、先ほどのすれ違いから、分かっている。
ちょうど、真上に来る頃に、馬が私の真下を通り過ぎるように。
馬上の敵将が、私に槍を繰り出す!
それを半身捻って、なんとか交わし、その反動を利用して、兜と鎧の隙間に剣を投げ差し込んだ!
当たった!
御者を失った馬は、速度を落とし、やがて停止する。
馬が止まると同時に、敵将は地に落ちた。
私も上手に着地する。
「陸遜隊、敵将討ち取ったり!」
私は再度声を上げ、手近の死体から、剣を抜き取った。
次!
私が顔を上げて、前方を見据えると。
・・・あれ?あれって伯言?
馬上に、軍師用の装束を纏わせた、ちょっと背の低い青年がいる一団を発見。
・・・なんであんなところに・・・っ!
私は思わず駆け出した。
雑魚兵がうざい。あ、私も相手からみれば雑魚か。うーん。
近づけば近づくほど、彼がヤバイ状況にいるのが分かった。
囲まれてんじゃん。
・・・いや、まだ包囲網は完璧じゃないようだ。
弓兵がぐるっと囲もうとしている。近くの茂みに隠れて。
なんで気づかない?何で気づいてないの!アンタは!!
一部の弓兵部隊に突っ込んでいく。
下手したら死にますよ、自分。
あら、それマジ?うん、マジ。ま、いっか。
至近距離で矢をかわせるか、といったら、それはまさに至難の業。
弓兵ニ、三人切り殺したところで、一部の標的が私に移ったようだ。
ひょえー!
けれど、それに構ってられない。弓隊の予備なんて幾らでもあるだろう。今は時間が惜しい。
そう、歩兵の予備は。
私は、伯言の元に追いついた。
護衛兵に混じって、彼も戦っていた。
だが、やはり、弓兵は計略なのだろう。敵に、目立った兵卒はいない。
「陸・・・軍師!」
「!・・・っ」
私は呼びかけと共に、伯言を馬上から引き摺り下ろし、茂みの中に引っ張り込んだ。
がばっと、陸遜を押し倒し、茂みから見えないようにする。
万が一矢が飛んできても、この体勢なら、まず殺られるのは私。
戦場だけあって、押し倒されても、伯言は結構冷静だ。
「何するんです」
「囲まれてる」
「!」
私の表情と、言葉に、伯言は顔を険しくした。
周囲が急に殺気立つ。
突然、馬上から標的が消えたのだ。計略がバレたと疑うものも出るだろう。
周囲から、少なからず矢が飛び始めた。
まだ距離はあったはずだ。
幾つか勘がさえてるものが、茂みに刺さってくるが、別にまだ当たりはしない。
それでも、ここで伯言を表に出すわけにはいかない。
彼は、いうなれば大将。そして軍師。
こんな中盤で、いなくなっていい存在じゃない。
私は、下敷きにした陸遜から、帽子と外套を剥ぎ取った。
「な・・・っ!」
講義の言葉を聞くより早く、私はそれらを身に着ける。
無防備になった伯言には、私の兜を投げた。
そして、茂みから、周りに気づかれないように出る。
周囲には陸遜隊の護衛兵がいた。
名まえを呼んで伯言を回収しただけあって、気になる様子ではあるが、混乱はしてないようだ。
さっすが、伯言の教育が行き届いてるだけある。うん。
「既に敵に囲まれている。その中に陸軍師を晒すわけにはいかない。」
近くの兵に聞こえるように、私は言った。
「っ」
「でてくんな!」
出てこようとする陸軍師の頭を、引っぱたいて引っ込めた。
「私が彼の代わりを務め、敵の注意を引く。数人残り、後は誤魔化しの為に私についてきてくれ」
私は言うや否や、彼の乗っていた馬に乗った。
うう、馬は苦手だけど・・・。
「陸伯言、行きます!」
私はなるたけ、男っぽく聞こえるように叫び、馬を走らせた。
2、3人、護衛兵がついてくる。
私たちに矢の雨が降る。
私はついてきてくれた兵に、感謝と謝罪の念を送った。
絶対死ぬと思ってたけど。
馬に矢が何本も刺さり、馬を乗り捨て、敵を切り捨て、まぁ、当然私自身にも矢が刺さってたりして、結構やばい状態で。
そんな中、結構すごそうな敵将にぶち当たったときは、死ぬかな〜?なんて思ってた。マジで。
伯言の名で名乗りを上げたせいか・・・私は、勝負には負けたけど・・・・死なずに捕虜にされた。
で、今に至る。
・・・・どう考えても、やばいよ。
だって、陸軍師男じゃん!ばれるよ!バレたら私アウトじゃん!
・・・あ、まて。その前に拷問でアウトしそう。
そういや、護衛兵ちゃんたちはどうなったんだろう。
生きてるのかな。・・・やっぱ、死んだんだろうな・・・。
捕虜にされるんだったら、陸遜役変わればよかったかなー。
両手両足につけられた、囚人拘束の木の板が痛くて痒い。
傷の手当ても結構ずさんだし。
はぁ・・・。
しかし、今逃げるにも、ちょっと貧血気味だな・・・。
・・・まだ、時間はあるかな・・・。
私は、ふと火事の中に一人残されたときのことを思い出して、失笑した。
今度は、あの時みたいに助けには来てくれないだろう。
私は、ただの一兵卒。
人質にする価値もない兵だ。
生きたいのなら自力で逃げなくてはいけない。
私は横になった。
床は固いが、座っているときより幾分か気分がマシになった気がする。
・・・・少し、寝よう。
敵陣の、牢屋の中で何を呑気な、と守衛に笑われるかも知れないが、時期を待つにも体力温存の為にも、睡眠が必要不可欠だし
。
眠気か疲労か貧血か、また全部かのために、私に眠りは易く訪れた。
眠りにつく瞬間。
私、ここで、死んだ方がいいんじゃないかな。
そんなことを考えてみた。
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