夢
「お父上?」
外から聞こえるのは、叫び声と、断末魔の声と、命を断絶する無情なさまざまな武器の響き。
周りがどのようなことになってるかなんて、全然分からなかった。
ココにいろと父親に言われた。
だから、自分は、この襤褸の納屋の藁くずの中に埋もれている。
目を開いたら、くずが目に入って痛いから開けない。
「お父上?」
何も聞こえない。
だから、私は父親に呼びかける。
まだ、私はここにいなきゃいけないのかな。
父親の命は絶対だ。
まだ生を受けて6年。生まれたときからの刷り込みは、よく機能している。
外が明るくなったので、外に出てみた。
納屋は焼けていた。
ぼんやりと、ぱちぱちと音を立てる炎を見ながら、なんて綺麗だろう、と私は思った。
「お父上?」
再度呼んでみたが、炎より他に、返事をするもの無し。
火の粉が飛んできたり、納屋の天井が落ちてきたりする。
なんだかおかしくなって、私は笑った。
炎に囲まれて今にも死にそうなのに、私は笑っていた。
私は、ずっと碌な死に方をしないだろうと思ってた。
6歳にして、だ。
少し頭でっかちな子供だったのだ。
だけど。
死神役の炎は、なんだかとても綺麗だった。
目が覚めると、青空が広がってた。
どういう理屈かはわからないけれど、私は何故か生き残ってしまっていた。
「お父上?」
立ち上がって周囲を見渡せど、見えるのは焦土と化した大地と、こげた集落の残骸と、炭化した人と煤けた骨ばかり。
ああ、なんだ、みんな死んだのか。
だから、誰も返事しないのか。
無感動に、私はそう思った。
それとも、死んだのは私で、これは死後の世界なのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えた。
「・・・ひりひりする・・・」
炎にあぶれれた皮膚がピリリと痛む。
痛いな、と自覚した途端、それは際限なく続く。
私は走って近くの小川まで行き、飛び込んだ。
水に浸かりながら、どうしよう、と思った。
でも、すぐに、何がどうしようなんだろう、と思った。
私は生きてたってしょうがない存在なんだし。
周りが言っていた。私たちは不要になったのだ、と。
武芸しかとりえのない、戦いを好む一族など不要なのだ、と。
水に体を心底冷やされ、私は、くすくす笑った。
武芸を好む一族故に、女の跡取りはいらない。
戦いを好み一族故に、戦闘力のないものはいらない。
差別と拷問にも等しい訓練、その二つを受けてきた6年。
一族の最後がこれかと思うと、6歳の私は何故か笑いが止まらなかった。
笑いながら、ふと、自分を見下ろして、
「このまましんだほうがいいのかなぁ・・・」
そう、なんの感情も込めずに呟いた。
ためしに潜ってみた。結構苦しかった。
だから、水死はよそうと思って、岸に上がった。
河川敷に生えている、万能薬にもなる葉っぱを集めて、見える部分の肌に貼った。
そのまま、木の下で寝た。
「おい」
揺らされる。
うるさいな、と思う。
「なあ」
もういいよ、と思う。
寝かせてよ。
「起きろ」
ぱんっ。
頬に衝撃が走る。
油断していて、歯を食いしばるのを忘れた。
口の中切った・・・。
私はしぶしぶ目を開けた。
「・・・よかった・・・」
私を叩いた奴は、気の強そうな顔に、安堵の表情を浮かばせた。
そして、私を背負う。
私を持ち上げたとき、彼は少し険しい顔をした。
だが、無言で私を連れて行く。
「・・・どうして・・・?」
「ん?」
「どうして、私なんか助けようとするの・・・?」
この一月、誰も私のことなんか見向きもしなかった。
「私は、いらない存在なのに・・・」
「そんなことは、絶対ない」
私の言葉をかき消すように、彼は言った。
「必要のない人間なんていない。俺も、お前も。いらないなんて、絶対ない」
彼はきっぱりと言った。
どこか強い口調で。
「でも、ずっと、いわれてたよ」
「そんなこと忘れてしまえ」
「え?」
「俺が今、絶対ないって言ったんだ。だから、大丈夫だ。全部忘れろ」
・・・・夢を見た。
実を言えば、私は6歳くらいまでの記憶がない。
夢の中の少年。あれは、覚えてる。
間違いなく、陸義。伯言のちっさい頃。
・・・・まさかとは思うけど、私、「全部忘れろ」っていう台詞を鵜呑みにして、記憶抹消したんじゃないだろうな・・・。
ま、所詮夢は夢ってオチもあるしね。
「いたた・・・」
硬い床に寝ていたせいで、体がぎしぎしいう。
あー・・・なんかイロイロ思い出した。
って名まえ、最初に呼んだのは、伯言だ。
私は、喉でくつくつと笑う。
私の記憶の中では、そうなってる。
夢の中の幼い"私"。
あれが、自分がどうか確かめる術はないけど、死を目前に笑ってたときの気持ちはなんとなく分かった。
死は、誰の前にも平等だからだ。
"いらないなんて、絶対ない"
その言葉が、ただの甘っちょろい戯言だって、私はもう知っている。
伯言だってそうだろう。
今の彼は、思ってさえいないはずだ。
でも、なんか、やる気出た。
「さぁーて、どうしようかな」
私は首を回して、不敵に呟いた。
肩が凝ったのか、首がバキッといい音を鳴らした。
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