脱出劇
さて。私の計画はこうだ。
夜になれば明かりを灯すだろう。
その明かりを使って、この獄舎を燃やす。
ここは即席獄舎の様で、床は地面、格子は木製、壁は石である。
格子を燃やしたところで、そんなに凄いことにはならないだろう。私が逃げ出すまでもてばいいし。
んで、混乱に乗じて逃げ出す。
実行日は、今夜中。
まだ私の元に尋問する人が来ていない、と言うことは『陸遜捕獲』の事実を上に伝えに行っている最中だろう。
尋問されてからじゃ、遅い。
・・・・とか思ってたんだけど・・・・・・・・・・。
獄舎の中は静まり返っている。
そして暗闇に包まれている。
・・・・・今って、どう考えても夜だよね・・・・・・明かりくらい持って来いや、ゴルァ!
浅はかと言う無かれ。瀕死になることはしばしばだが、捕まるのは初めてなのだ。
…うーん、さてどうするか。
私は、手を拘束している板の半分を、格子の外に出した。
まぁ、幅からいって半分しか出せないんだけどね。
からくり仕掛けになっている分、そのままの状態より強度は落ちている筈。
私は、板を格子に叩きつけるようにして、何度も引っ張った。
ガンガンとすごい音がするが、構うもんか。
陣の警備で、今は忙しいようで、さっきから同じ人一人が監視している。
一人くらいなら・・・タブン行ける。
あとは、時間との勝負。どちらにしろ、今日を逃したらさよならだ。
しばらくすると、手錠がガクガクしてきた。もともと即席手錠だったわけだし。
私が内心ほくそ笑んでいると、誰かが走ってくる音が聞こえた。
やべ、看守?
早くとれろ!私は焦った。
とれろとれろとれろとれろとれろとれろとれ
「ぎゃっ!」
唐突にパキンと割れた板に、体の反動は収まらず、私は思わず後転してしまった。
あまりの痛さに声も出せないでいると、金臭い匂いが鼻をついた。
え!まさか後頭部裂傷!?流血沙汰!!
慌てて起きあがった私の目に止まったのは、ズルりと皮の剥けた手首だった。
血がだらだらと出ている。げ!
痛いと思ってたけど、ここまで酷いことになってるとは…。
「おい!」
走ってきた看守が、格子越しに私に声をかけた。
私は看守に背を向けている。
鉄格子の辺りには、割れた木の板があるだろう。元手錠。
やべ…。
背中を嫌な汗が伝ったのは言うまでもない。
「おい!応えろ!何してた!」
手錠壊してました。
やべ、どうしよ…。
私が押し黙っていると、相手がハッと息を飲む気配が伝わった。
「まさか…お前、自刀したのか!?」
…は?
相手のせっぱ詰まった発言は、ちょっと意味不明だった。
あ。
もしかして、この血の匂いのせい?
実は未だにダラダラ垂れてたりする血液。
戦で人が足りないのか知らないが、こういう先走り勘違い君を看守にするのはよくないぞ。
偶然起きた好機に、内心にやりと笑む。
私は、動かないで黙ったままでいた。
早く止血したいが、ここは我慢だ。
看守が焦ったように、格子の鍵を開けている。
早くおいで〜v
全神経を背中に集中させ、相手のとの間合いを計る。
勝負は一瞬。機会は一回。
「お、おい」
看守が私の肩に手を掛けた。
その瞬間、
ばっ!
私は看守の首を掴み、彼の体を投げた!
不意を突かれたせいか、彼の抵抗は殆どなかった。
そのまま、首を締め上げ、嫌な音がするまで曲げた。
くたん、と手足から力が抜けるのを見届け、私は彼を解放した。
・・・死んだかな?・・・まぁ、死んでなくても、暫く目を開けてくれなければいいか。
看守の佩いた刀を抜き、足の拘束具を断ち切って、私は、彼の防具などを剥ぎ取って身に着けた。
うーん、ちょっと大きいな。
まぁ、文句を言ってる場合じゃない。早くココから離れよう。
私は、看守君が空けてくれた扉から、そっと出た。
あー・・・ここは何処だ。
どっちに行けば、呉の陣につけるんだろう。
コチラの陣営の鎧を纏った私は、こそこそ隠れもせず、むしろ堂々と敵陣営を歩いていた。
三日月の夜でもあり、辺りは薄暗く、けれどまるっきり歩けないというわけではない。
相手の顔は、鎧を被っていてよくみえない。
ええと、月が左に見えるからー・・・。あ、月って時間によって配置がかわるんだっけ?
兎にも角にも、ここから逃げないと。
私は、人が全くいない場所に行きながら、こっそりと森の中に入った。
「そこの人」
どき!
森の中に入ろうとしていたら、突然後ろから声を掛けられた。
私は焦りながら振り返る。
「な、なんでしょうか」
「こんな夜更けに何処に行かれるんです?」
ぎくぎくっ!
まずいなぁ、誰だよ、コイツ。
偉い人なのかな、拱手しなくていいのかな、て言うか私のことばれてるのかな、ひぃぃ!わからんっ!
「え、えと、ちょっと小用を足しに・・・・」
「ああ、そうでしたか」
暗がりの為、顔は見えないが、相手が笑っているだろうことは予想が付いた。
コイツ黒そう。
「てっきり脱走兵かと思いましたよ」
脱走兵?
・・・・・あぁ、そっかぁ。
私はちょっと笑いたくなった。なんだよ、ここの人たち、結構面白いぞ。
「い、行ってもいいっすか?」
「いいですよ。そのかわり、私もついていきます」
ええええ!?
来なくていいよ!だって、この鎧男用じゃん!!なに男誘っ・・・や、女用なら余計ヤバイ?
・・・・・あ。そか、監視目的かー・・。
どうしよ・・・。
脱走兵だと思わせたほうがいいかな・・・。
「か、勘弁してくださいよー」
「おや、どうしました?」
彼が近づいてくるたびに、同じ距離だけ私は退いた。森側へ。
私は成るべく、気弱そうに、哀願するような演技をした。
「この前娘が生まれたばかりなんすよ。どうやって呉軍に勝つつもりなんすか・・・」
じりじり。
「何を弱気な。戦わねば、逃げ出した親を持つ子だと、その生まれた子は貴方を恨むかもしれませんよ」
じりじり。
「蔑まれても、おらぁ、娘を親無し子にしたくねぇんすよ」
じりじり。
「・・・勝手に脱走されては、困ります」
敵軍に捕まったりされたらやっかいですから、と彼が言う。
微かに殺気も感じる。
こ、こえー・・・。
私は、「ひぃ!」とか言いながら、その場から走り去った。
「脱走兵一名!捕獲しろ!」
後ろで、さっきの人が怒鳴る声が聞こえる。
ぎゃー!!仲間いるのかよ!!!
周囲に増えた殺気を感じ、私は、剣を抜刀した。
よい子は寝る時間ですよ!
飛んできた矢を落としながら、私は森の中を疾走した。
どれだけ走ったか・・・。
敵を2、3人切った。兜は弾き飛ばされ、刀も飛ばされた。
追っては、もう見えない。
振り切れたかな。
・・・っう。
私は茂みに座った。
ダメだ。キチンと手当てできてなかったせいか、くらくらする・・・。
私は、型の合わない鎧を脱ぎ、服を裂いて包帯を作り、手首と、避けきれなかった矢傷の跡を、しっかり止血した。
がさ
「!」
森の奥が揺れた。
やべ・・・見つかる・・・。
逃げようとしたが、体に力が入らなかった。
こら!だらしないぞ!!しっかりしろ!
でも、やっぱり言うこと聞かない。視界も、暗いのか怪我のためか、ぼんやりしてきた。
・・・伯言・・・助けてよ・・・。
なんだか、泣きそうになった。
「はくげ・・・ん・・・っ」
「?」
・・・え?
ガサリと分けられた茂みの間に立っていたのは、煤汚れた顔をした陸遜だった。
どこからどう見ても陸遜だった。
・・・・え?
「・・・・」
陸遜は、ゆっくり近づいてきて、私を抱きしめた。
え?えええ?何でいるの?陸遜?????
「生きていたんですね・・・・よかった・・・よかった・・・・っ」
陸遜が、ぎゅうっと手に力を籠める。
「あんなことをして・・・・・・私がどれだけ心配したと・・・」
陸遜の顔が、私の肩に乗る。
布越しに伝わる感触、彼は泣いているようだった。
・・・これって夢なのかな・・・。
「伯言・・・好きだよ・・・」
思わずそう呟いて、私は意識を手放した。
目を開けると、そこには見知った天井が広がっていた。
・・・・え?
「ここって・・・ッタタ!」
「?起きたんですか?」
「うわっ伯げ・・・〜〜〜〜っ!」
体中が悲鳴を上げる。怪我の痛みに私は、声なく悲鳴を上げる。
私がのた打ち回っていると、陸遜が歩いてきた。
「しかし、まぁ、よく生きてましたね。あの傷で」
感心感心と、しみじみと言う伯言。
なんだよーっ生きてちゃ悪いか!!!
私が無言で睨んでいると、彼は、くすくす笑って、寝台の近くに腰掛けた。
「貴方があの陣営を掻き乱してくれたお陰で、夜襲が成功しました。ご苦労様です」
「へ?」
夜襲?
え?夜襲?
っていうことは・・・。
「昨日、私を助けてくれたのは・・・?」
「昨日じゃありません、8日前ですよ。貴方をあの陣営近くで保護したのは」
「保護?8日前?」
「はい」
陸遜の態度があまりにも通常過ぎて、自分がそんな深刻な事態に陥ってるとは思いもよらなかった。
8日も眠ってた・・・!!!???
「自分寝すぎ!!」
「突っ込むところはそこなんですか?」
私の声に、陸遜が呆れたような笑みを見せる。
あんだよー。
ぶーたれてると、陸遜が私の頭を撫でてきた。
「は、ずっと寝ていてもいいんですよ」
「え?私お払い箱??」
「・・・そうじゃありません。僕としては、さっさとお払い箱にしたいんですがね」
僕トシテハ、サッサトオ払イ箱ニシタインデスガネ。
「・・・ひどっ!!!酷いよ伯言!私あんなに頑張ったのに!!」
「貴方の頑張り方は自虐的で嫌いです。死にたがりの人を軍に置きたくありません」
酷いこと言ってるのに、陸遜は笑んだまま、頭を撫でるのをやめない。
なんだ、この飴と鞭同時進行は。
怪我してるせいか、暖かい場所に居るせいか、私は無性に泣きたくなってしまった。
ぼろぼろとこぼれる涙を、ぎしぎし言う腕を上げて、拭った。拭っても溢れてくる。コンチクショウ。
「傷は痛みますか?」
陸遜の静かな声が振る。顔を覆っているから姿は見えない。
私は頷いてやった。体よりむしろ、心の傷が痛いけど。
「その痛みを覚えて、怪我することを恐れてください」
陸遜は私を撫でることを止めようとしない。
「貴方は不死身じゃない。あのまま、置いておかれたら、死んでいたんですよ」
私は頷く。分かってる。死にたいわけじゃない。死にたかったら、あのまま獄舎にいた。
死にたかったたら、貴方を庇ったわけじゃない。
陸遜が抱きしめてきた。
「・・・僕は、貴方に庇われても嬉しくない・・・・」
「!!」
「僕の代わりに傷なんてつけてほしくない・・・」
「・・・・」
「を戦場に出すのが恐ろしい・・・貴方は、自ら危険に踏み込む・・・なんの勝算もなしに」
「勝算なんて考えてられな・・・」
「考えてください」
私の反撃に、陸遜が硬い声で言ってきた。
「勝てる見込みのない勝負には、逃げてください。生き残ってください。生きなければいけません」
「そりゃ、伯言は逃げなきゃいけないだろうけど」
「もです」
私は困った。
だって、私は常に敵に突っ込んでいく。それが仕事だ。
「伯言と私じゃ価値が違うよ」
「同じです」
「ちがうって」
「違う人なんていませんっ」
陸遜が怒った。
私は、きょとんと彼を見上げた。
陸遜は、怒るというより泣きそうな顔をしていた。
「私が、同じだと言ったんです。だから、常に生きることを考えてください」
"だから、大丈夫"
「・・・うん」
私は、こくりと頷いた。
そんな私に、陸遜は微笑んで、頭を「いい子、いい子」と一撫でしてくれた。
「が大丈夫と言っても、暫く寝台から出しませんからね」
「え!?」
「上司命令です。いいですね」
「う・・・・。はい・・・」
「いい子ですね」
なんだよーっ!幾分も年が変わらない癖にーっ!!
彼の撫でる感触が気持ちよくて、私は、またうとうととしてきた。
陸遜が、私をゆっくり横にしてくれて。
夢の中で陸遜が、
「僕もですよ、」
と、どこか泣きそうに返事をくれた。
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