『クッションっていいよね。野宿とかでもクッションあるだけで随分変わると思わない?』
『でも、クッションじゃ人は殺せないでしょう』
『いやいや、分からないよ〜。よく顔に被せて窒息死させたりしてるじゃん』
「ジャッカル先輩」
首から上が無くなった男に、赤也はよろよろと近づいた。
まだ暖かいであろうその体は、湧き水のようにごぼごぼ首からあふれ出す血液に染まり、鮮烈な赤のオブジェと化している。
「だから、走っちゃ駄目ッスよ、って言ったじゃないですか」
棒読み加減の言葉は、無理矢理浮かび上がらせた笑顔も伴って、不気味に歪んでいた。
赤也の目線の先には、木と木の間に張られたピアノ線で、一見あるか分からないその線は、血液によって存在を明確にしていた。
何処かに飛んで行った首を捜す気にはなれず、ただ死体に話しかける。
この人は、俺を庇ってこんな風になったんだ。
ガザッ
「!!」
俺はジャッカル先輩が握っているディバックを持ち、その場を走り去った。
逃げる?俺、逃げてるのか?
怖い、と言うより、先輩に庇われたという事実が、酷い喪失感を生んで。
本当は動く気にもなれなかったのだけれど。
もっと、この人とテニスをしておけばよかった。
楽に生きるためにヘラヘラしていたのに、ああ、ここじゃ、誰も俺を見てくれない。
「はは・・・あはっははっ・・」
バァン!!
発砲音がするが、それは俺に当たることはなかった。
少し立ち止まり、方向を変え、張り巡らされたピアノ線を潜り、できる限りのスピードで林を抜けた。
「あはは・・っ」
ほら、頑張れば避けても走れるんスよ。先輩。
「逃げた?」
「・・・・・・・」
「逃がした?」
「目がいい奴だな・・・ジャッカルが囮になったせいで、見落とした」
「ふぅん・・・」
死体を気にも留めずに、ピアノ線を外し出した。
「裕太」
「・・・っ!兄貴!」
「裕太が僕の次でよかった・・・」
不二は弟の手を引くと、ざざっと茂みの中に隠れた。
校舎の前は目立ちすぎる。
「もう、会えないかもしれないからね・・・」
不二の陰りのある笑顔に、裕太は背筋がゾッとするのが分かった。
「なに、言ってんだよ」
「裕太、よく聞いて。観月を捜すんだ」
「観月さん、を?」
不二は頷く。
「本当は僕が裕太を守りたい。でも、僕は、裕太のほかにもう一度会いたい人が居る」
裕太にはそれが誰かは分からなかった。
なんとなく青学の誰かなんだろう、と思った。
「行けばいいだろ、会いに」
兄貴に会えて一瞬ほっとしてのは事実。
兄貴がこれから傍を離れると聞いて、怖くなったのも事実。
それでも、弟として、またコンプレックスを持つ相手として、裕太は毅然と不二に言った。
「だから、観月を捜すんだ」
ここで、待ってればもうすぐ来るんじゃ、と裕太が言いかけた時、急に不二が裕太を立たせた。
ザッ!
裕太の座っていた地面が抉れた。
その光景の示す意味が、わからなかった。
不二は暗闇をキッと見据えると、裕太の手を引いて走り出した。
「ちょ。アニキ・・・っ!」
「走れ!裕太!」
珍しい不二の焦った声に、裕太はぎょっとした。
手を離され「走れ!」と再び叫ばれた。
「アニキ!?」
走りながら首だけ振り返ると、不二は裕太と別の方向へ走って行って、見えなくなった。
その方向から、バァン!と言う強い音が聞こえた。
「!!」
その音に、そちらのほうを向くのは止めた。
ただ走った。
走りながら思った。
もう、昨日までの日々は戻って来ないことを。
皆が壊れ始めているということを。
知らず知らずのうちに溢れて来た涙を拭い、裕太は走った。
「なんでだよ・・・っ!・・・なんで、なんでなんだよ・・・っ!!!!」
その問いに、答える者は誰もいない。
『四十四番、青春学園、さん』
「はい」
はビデオに呼ばれて立ち上がった。
そして、バックを受け取る。
「せんせい」
「なんだ?」
「絶対殺しますから。楽しみにしててくださいね」
「ああ、楽しみにしてるよ。いってらっしゃい」
[ あー、テステス。みんな元気かー?
今、全員外に出たから、学校を10分後に禁止エリアにするぞー。近くにいる奴は注意しろよな]
二十五番 ジャッカル桑原 死亡
[残り 42名]
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