か ん そ う 。










 携帯にメールが届いた。


 病院内は基本的に携帯の電源を落とすものだが、今日だけは違った。

 バイブレーションも音量もオフにして、じっと布団の手の下に置いて置いた。

 布越しに微かに光が漏れた。それで、メールが届いたことに気付いたのだ。



 待っていたのは一人からのメール。出来れば来ないことを望んでいた。



 本を読む手を止めたら、監視カメラに不信感をもたれる。


 幸村は一瞬目を閉じ、壁の方を向かうように寝転がった。


 カメラの位置は知っている。こうすれば手元が見えないことも分かっている。


 幸村はペラッとページを捲る。

 文字数の多いページと少ないページでは捲る速度が違う。が、カメラのからは目線は見えないはずだ。

 だから、それだけ気をつければいい。

 首を下げないように、目だけを動かして携帯画面を見る。



(二通?)



 来ていたメールは二通。

 一つは、もう一つは…仁王雅治からだった。



(仁王…だって?)



 メールを開く。仁王のメールから。





『くるな』





 送信先は複数。レギュラーに一斉送信したようだ。



(…仁王は皆と一緒に行かなかったのか?)



 短い、ひらがなの文章。

 からのメールから、やや遅れて。



(…………)



 続いてのメールを開く。




『体調はどうですか?こちらは、面白いバスです』





 一見して意味が分からない文章だ。


 以前、彼女が見舞いに来てくれた時に一通の手紙を渡されたのを思い出す。

 ファンレターだと、笑いながら言う彼女の目は、笑っていなかった。

 白い封筒の中に、便せんが三枚。一枚は、白紙。二枚目は、純粋なファンレター。




 三枚目は、BR法についての事。




 見舞いの品が入った紙袋の中には、分厚い図鑑二冊と果物類。


 三枚目の手紙に書いて有る通り、一冊ずつ中がくり貫いてあった。



 爬虫類図鑑の中には、小さい拳銃が二丁。


 昆虫図鑑の中には、バッチサイズの発信機とi-podサイズの通信機が一つずつ。



 監視カメラがあるとの記述がなければ、大仰に騒いでしまったかも知れない。

 手紙には色々書いてあったが、特筆すべきは二つ。

 優勝者であるを中心としたBRが近々開催される、政府の話の雰囲気からして、急遽夏に決まった合宿に行くバスが一番怪しい事。

 もう一つは、その時までに退院できない幸村への、今後の生き方への一つの選択肢。





 反政府軍への参加。





 これは強制ではなく、拒むのなら紙袋ごと病院の一階の階段前のゴミ箱に捨てて欲しい、と書いてあった。

 覚悟ができたなら、発信機を点けてくれ、と書いてあった。

 そして、こんなこと書いておいてなんですが人生投げないでください、とも書いてあった。



(面白いバス)



 送信できるギリギリの情報だったのだろうか。

 読みようによってはあからさま過ぎる機雷もある。



(『くるな』と言う仁王)



 恐らく彼は、正規のバスに乗らずに別ルートで合宿所に着いたのだろう。

 拘束する予定だった人数が来なかった為、合宿所にも政府が手を回したのだろう。

 BR法はゲームだ。どこかで大人が賭をしている。

 賭の対象を、軍の一存で失うことはできない。



 幸村は、携帯を挟むようにして本を閉じ、体を起こした。



 そのままベッドを降り、本を鞄に詰めて、柳が持ってきてくれた部活用ノートのページを一枚ちぎり、立海大のロゴが入った支給ボールペンで何事かを書く。

 そして、ボールペンごと紙をベッドの上に置き去りにし、幸村は荷物が詰まった鞄を持ち廊下に出る。


 監視カメラが見ているから、荷物を持って出て行ったのは明白だ。しかし、監視カメラを設置することはおおっぴらに出来ないから、人がすぐに来ることはない。


 幸村は、監視カメラの手が届かない無い、男子トイレの個室に入る。


 便座に鞄を置き、中からレギュラージャージを取り出す。

 パジャマを脱ぎ、ジャージに着替えた幸村は、冷めた目で二丁の拳銃を両ポケットに入れ、ジャージの内側に発信機を点ける。

 そして、通信機のスイッチを入れる。

 イヤホンから聞こえるザーッと言う砂嵐に向かって、小さく呟く。



「始まりました」

『了解、所定の位置まで来い』



 有無を言わさぬ返答がすぐに返ってきた。

 幸村はその声を聞きながら、便座の上に立ち、天井を外す。




覚悟は、今さっき決まったものではない。




「一つ」

『なんだ』

「合宿所に仲間が捕らわれています。助けに行きます」

『なんだと?』




 なんと言われようと幸村はいくつもりだった。


 情報はもらえたらラッキーと言うところか?


 そう考えながら、荷物を天井裏に上げ、自分も体を滑り込ます。











 そして彼は振り返りもせず、破滅へ向かって走り出した。

 誰の為でもなく、自分の為に。

















 ノートの切れ端に書いた文字は、『ありがとう』と『さようなら』。


 少し躊躇って、『ごめんなさい』は書かないことにした。




















[残り 37名]




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