だい じゅうよん わ。










『おチビの奴も、いい加減素直になればいいのにね〜』

『フフ、英二は好きな子でもできたのかな?』

『にゃ!なんだよいきなり〜、そんな話してないじゃん』

『菊丸くんてダイゴローみたいな子がタイプなんだっけ?』

『えー、俺にそんなこと言ったっけ…しかもハズレだし…』

『そう言えば、はどんな人が好きなんだい?』

『私?私は……』


















パァン!



「!!」



 銃声に目を覚ました。

 いや、はじめはそれが銃声だなんてわからなかったから、その表現は正しくないかもしれない。

 徒競走のスタートの合図。

 祭りの空の花火。

 弾ける、音。

 一拍遅れて、全身から嫌な汗が吹き出た。

 海岸に近い場所にいるのに、波の音が聞こえない。

 全神経が銃声を探している。銃の持ち主を探している。

 空が白んでいる。朝方。昇りかけの太陽の光が海面をキラキラと踊っている。


…パァン!


「!!」



 銃声は海岸から。

 しかし目覚まし代わりのそれとは違い、確実に遠ざかっていた。

 誰かを追ってる?誰かに追われてる?

 岩陰からそっと顔を出す。


 遮蔽物のない海岸とは言え、この位置からは見渡せるかどうか危うい。

 見つけることができても、逆に言えば向こうからもこちらが見えると言うこと。それでも確認せずには居られない。


 海岸をまろぶように駆けている男子生徒が一人。

 山吹中の制服?


…パァン…!


 再び銃声、今度もさっきより遠い。

 どうやら彼が狙われているわけではないようだ。

 ほっと安堵する。

 そこでようやく、僕は傍にがいないことに気付いた。

 荷物はない。ただ昨夜彼女が取り出した日本刀が置いてあるのみ。

 どこへ?

 まさかあの銃声は…!?

 もう一度海岸を振り返る。

 浜辺には山吹中の生徒が一人、地に伏していた。

 転んだのか?怪我してるのか?

 僕は思わず岩陰から飛び出し、彼の元に駆け寄った!



「東方!」



 ようやく思い出した彼の名前を呼ぶ。

 彼は弾かれたように顔を上げた。驚いたように目を見開く。



「青学…不二?」

「そうだよ。怪我してるのかい?立てる?」



 早口に言いながら、彼の腕を引っ張り上げ肩に掛ける。

 混乱しているのか彼は口をパクパクと動かすだけだ。



「立って!」



 ついキツい調子になってしまった。

 だって、こんな遮蔽物のない場所にいて。


 東方を追っていた奴が戻ってきたら、どうしようもないだろ。


 僕の声に、彼はなんとか体に力を入れて立ち上がる。

 肩を担いだ僕は、殆ど引きずるようにして彼を岩陰まで連れて行った。



「はっ…はっ…はっ…」



 彼を降ろして、自分も岩に凭れるように腰を下ろした。

 何でもない距離、練習の方がずっとキツい筈なのに、息が切れてどうしようもなかった。

 彼も同じようで、真っ青な顔をしたまま激しく肩を上下させている。



「た、助かった」

「ん」



 お互い、ボソボソと漸く声を出せるようになったのは少ししてから。

 カバンから水を取り出し、口をゆがいて吐き出す。

 彼も同じようにしてから、水を飲んだ。

 それで漸く少し落ち着いたようで、まだ少し青い顔をギクシャクと笑みの形にもっていく。



「不二は、もう青学の誰かに会ったか?」



 僕もなんとか笑いながら、しかし、首を振った。

 の話題は避けた方が良いような気がしたからだ。



「でも、裕太には会えた。君は?」



 彼は首を振った。

 仲間にまだ会えていないのが、幸福か不幸か、お互いに判断できず「そうか」と相槌を打ち合うだけだった。

 しばらく沈黙が続いた。

 やがて、口を開いたのは東方だった。



「…立海」



 下を向いたままだったので、彼が一瞬何を言い出したのかわからなかった。

 聞き返すと、彼はゆっくり顔を上げ、僕の目を見つめ、



「あれは立海のユニフォームだった」



 暗い目だった。

 僕は思わず目を反らした。



「黄色いユニフォームだった!黄色なんて立海しかないだろ!」

「そ、そうだね。ね、声が大きいよ」

「立海の奴らはゲームに乗ったのか不二!」

「わからないよ、僕はまだ裕太にしか…」



 裕太にしか会ってない、と言おうとして、自分が狙撃されたことを思い出した。

 痛みが蘇り、肩の傷を押さえつけるように掴んだ。


 狙撃手は黄色い服を着ていなかった。

 白いシャツにネクタイ、ズボン。

 ありふれた学生服。

 ルドルフだと思った。心なしかズボンが茶色に見えたからだ。

 木更津淳。そう思った。

 暗かった。顔はよくわからなかったような。黒い髪。短い黒い髪が、風に揺れた。笑った口から見えた白い歯だけがはっきり見えた。


 あれが木更津淳だとは、言い切れなくなった。


 教室でユニフォームを着ていたのは、青学と不動峰と・・・あとはチラホラ。

 はユニフォームを着ていなかったから、全員ジャージだったのは不動峰だけだ。


 そこまで考えてしまってから、闇雲に疑っても仕方がない、と僕は疑心暗鬼を振り払った。



「とにかく落ち着いて。騒ぐのはよくない」



 身を乗り出して彼の肩を押さえる。

 その時膝に何かが触れ、カタンと音を鳴らした。


 なんだ?


 東方も音を気にして僕の足元を見る。

 そこには、が置いていった日本刀があった。

 手塚の…日本刀…。



「…それが、不二の武器か?」

「そうだよ」



 嘘は、すんなりと出た。

 手塚の日本刀、なんて言えなかった。

 言ったら恐ろしいことになりそうな気配がした。

 東方は襲われたばかりで、混乱している。疑心暗鬼に取り付かれている。

 今も笑ってはいたが、どこか、僕が襲って来ないか探っている。

 破裂しそうな風船を見ているようで、少し怖い。



「俺はさ、缶詰めが一揃え入ってた。武器じゃないよなぁ、と思ったんだけど、食料は食料で入ってたから、武器なんだよなぁ」

「…そうだね、僕には入ってなかったし、そうなんだろうね」

「地味地味言われてるからって、流石にこれはなぁ…運がないぜ」



 はは、と笑う彼に僕も力無く笑い返した。


ぴぴ


 小さな電子音に、思わず体が震えた。

 誰か、来る。

 僕は慌ててカバンを開け、探知機を取り出した。

 海岸の方から、こちらに誰か向かってくる。

 21。

 このナンバーは。

 探知機の裏側に付けて置いた名簿を捲る。

 立海大付属中二年切原赤也。

 立海。立海!?



「おい…不二…」



 救いを求めるような声に、はっと我に返る。

 東方がぎこちなく笑いながら、こちらを指差していた。


 なんだか壊れてる。


 後ろの方で冷たい顔をした僕が冷静に呟いた。

 彼が、ひどく躊躇いながら、それでも笑いながら、言う。



「その、機械はなんだ?」



 ああ、迂闊だった。

 全く迂闊だった。

 僕もいい加減冷静じゃなかったようだ。



「僕の」



 極力人好きのする笑みを浮かべた。

 違和感なく、頬の筋肉が動いた。

 気付かれないように、鞄とデイバックに手を掛ける。



「支給武器」



 言うや否や、東方が素早く動いて日本刀を取り上げた。

 僕は足場の悪い岩場から、鞄をもって飛び降る。

 飛び降りたからといっても、足元は砂。足場が悪いことには変わりない。

 東方は鞘を捨てて白刃を僕に真っ直ぐ向ける。



「お前の武器はこれじゃなかったのかよぉおおぉぉお!?」

「そうだよ、それも僕の武器だ」

「嘘を吐くな!誰から奪ったんだ!」

「奪ってない、それより早くここから逃げ」

「うるさい!じゃあなんで武器が二つもあるんだよ!お前誰か殺したな誰か殺したな誰を殺したんだ!!」

「僕は誰も殺してなんか」

「うるさい!!」



 冷や汗が背中を伝うのがわかる。

 自分の声が震えてないのがせめてもの救い。

 膝も笑っていない。いつでも走り出せる。


 破裂した。風船。


 鬼の形相…と言うより、泣きそうな顔で、彼は怒り狂っている。



 怖い。

 恐ろしい。

 こんな風に疑心暗鬼に飲まれるのが、怖い。



 刀が振り上がった。

 それを合図に僕は踵を返して、防砂林の中に走った。

 ガキン!と金属音がした。



「殺してやる!」



 後ろから彼の声が追ってきた。

 砂に少し足を取られた。転びそうになって慌てて体勢を立て直す。

 ザンッ!と砂場に彼が飛び降りた音がした。

 振り返らずに、僕は走った。



「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺られる前にやってやる!!ふざけるなふざけるな!俺が何をした俺が何をした俺が何をした俺達が何をした!」



 酷い憎悪。吹き付けられる度に寒気がする。

 でも、泣き叫んでいるようにも聞こえる。






「うわぁあぁああぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」






 ごめん。

 誰に向かってか自覚せず、謝った。



「ごめん」



 謝る意味はない。謝罪に意味はない。

 でも、誰か。

 胸が苦しくて、どうしようもなくて、祈った。
 意味のない祈りだけど。



 悪くないよ、って。

 何もしてないよ、って。

 どうか、言ってあげて下さい。



 僕は、彼を救えないから。



 彼の声が何を言っているのか分からなくなった時、同じ方向から銃声が聞こえた。

 僕は、振り返らずに走った。

 確認したくは、なかった。



 そうでないと、信じたかった。




 でなければ、余りにも、酷い。







 そう言えば、さっき見た夢は、教室から部室へ移動する時のことだった。

 なんだか昔話を見ているように、不鮮明にフワフワと。フワフワと。

 ただ英二とが、傍にいて笑っていた。


『うーん、一緒に同じ景色を見てくれる人、かな』


 は冗談めかしてそう言った。

 英二が「景色ってどういうこと?」と不思議そうに聞き返していた。

 僕はもう既に、その時から彼女のことが好きだったから、その意味が何を指すのか、よくよく考えた。

 でも、その時の僕は彼女が抱えている闇まで見ることができなかった。




 うん。分かったよ

 でも、それって凄く重いね。

 重いね。




 林の中、土砂崩れか何かで木の下に窪が出来ている場所を見つけ、そこに腰を下ろして身を潜めた。

 急に座ったら体に悪いかも知れないが、今は突っ立っている方が心臓に悪い。

 口の中に水分が無いくせに、嫌にベタつく。キモチワルイキモチワルイ。急いでペットボトルを出して口をゆがく。

 息が弾んでいたから、少し咽せてしまった。けれど、少し気分がましになった。

 僕は周りに誰かいないか、と探知機を取り出そうとした。


 すると。

 どこからかラジオ体操が流れてきた。



















[残り 37名]




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