だい じゅうさん わ。












『私は肉屋の奥さん、貴方が主人、貴方は弟子、貴方は豚の役ね』

『じゃあまず肉を作らなきゃ。豚を縛って上から吊して…』

『血を皿にちゃんと受けてね。ソーセージをつくるから』

『じゃあ、始めるよ?』




























 声のした方を見据える。

 むせかえるような血の臭いに吐き気を覚えるが、吐いている場合ではない。

 こみ上げてくる酸っぱい物を飲み下す。

 気持ち悪い。

 奥の陰が動いた。



「誰…アンタ…」



 深司はいつも通りの淡々とした声で呟いた。

 ふーっと息を吐く音がする。と同時に煙りの…煙草の香りがした。

 硝煙かと思ったのは、煙草の煙りだったのだ。慣れた香りに気づかぬほど動転していた自分に舌打ちをする。

 煙草を吸う奴…?



「阿久津仁…?」



 闇に慣れた目が映したのは、山吹中のジャージを纏い、銀髪を立てた男が煙草を捨てるところだった。

 地面に落ちたはずの煙草が、何故かジュッ!と音を立て、煙を上げるのを止めた。

 それがどういうことを示すか。

 つまり、彼の足元には…



「…何、アンタ怪我でもしたの?」



 噂や試合模様をみる限り、うっかりなんて怪我はないはずだ。

 誰かを殺ったか、誰かにやられたか。

 言葉では後者を選んだはずなのに、体はジリッと後ろに退いた。

 阿久津は、伊武の言葉を鼻で笑った。



「…なんだよ…」



 根目上げる伊武の質問に阿久津は答えない。

 阿久津はスタスタと出口…伊武の方へ近づいてきた。



「!」

「…あ?殺る気かよ」



 体を緊張させる伊武に、阿久津の眼力が飛ぶ。

 ドスの効いた声は、その時は容赦はしないと言わんばかりであった。



「なに…?」

「あ?」

「…アンタは殺る気なんじゃないのかよ…?」



 阿久津は何も言わない。

 ただ低く、どけ、と言った。

 更に近づいた圷をみて、伊武の喉がひきつった。声が出なかったことに安堵した。


 阿久津はシャワーでも浴びた様に濡れていた。





 ただし、真っ赤に。




「追ってきたら殺すぞ」




 そう言って、スタスタと歩いて出て行った。

 硬直したまま見送って、油を差し忘れたブリキのような動作で、今まで彼が座っていた場所をみた。

 よくよく見れば、誰かが転がっているように見える。


 黒い。


 闇に慣れた目に見えるのは、頭部とおぼしき場所に巻かれた白い…タオル。



 認識した瞬間、弾かれたように伊武はソレに駆け寄った。




 足元でバシャンと音がなるのが忌々しい。



「石田…っ」



 うつ伏せに倒れている彼の後頭部からは、デカデカと斧が生えていた。よくしっかりと刺さっているものだ。


 あまりにもしっかりと刺さっていて、嘘臭かった。

 ハロウィンシーズンになると、店頭でこういった帽子が売られたりしている。


 近くで見れば、白いタオルは大半がどす黒く染まっていた。

 闇の中だからかも知れないが、赤いとは感じれなかった。余計に嘘臭い。


 臭いだけが本物だった。


 斧にふれた。冷たい。


 刺さっている斧が痛そうに見えて、伊武は抜くことにした。


 手にも足にも力が入らず、苦労した末抜けた反動で尻餅を着き、危うく二の前になる所だった。




 頭部から抜き取った瞬間、血しぶきが上がった。




 絶命したときとは違って、愛想のように吹いたそれは一瞬で、しかしそれは伊武に現実だと教えるのに十分だった。


 伊武は込み上がってきた衝動を押さえられずに嘔吐した。




 人を見て嘔吐するなよ、と小突かれたかった。

 誰かに小突かれたいと思うのは初めてだった。








「阿久津…仁……っ」


























 は、黙り込んだ不二に、錠剤とカプセルを一つずつ渡した。

 これは…?と不二が顔を上げると、は不器用なウィンクをして見せ、



「先に寝ていいよー。後で交代してね」



 そう言った。

 答えになっていない彼女の言葉を聞き、わかった、と頷くと、カバンから取り出した飲料水で薬を飲み込んだ。



「…じゃあ、おやすみ」

「おやすみ〜」



 不二は横になりながら、こんな状況じゃ寝れやしない、と思ったのだが、薬のせいかあっさりと睡魔に飲み込まれた。

 はそれをじっと見ていた。



 海の音が、辺りを支配している。


























[残り 37名]




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