『この悪夢から抜け出す術は』
『死んで私の足元に跪くか』
『殺して無機質の世界に放り出されるかの二つに一つ』
は僕の手を引いて早足で目的地まで連れて行ってくれた。
暗くて足元が不安になった。足の裏の感覚が、土から砂になり岩になった。
海の音が聞こえる。
の目的地は、海に近い洞窟だった。
少し中に進むと、が座った。僕はその隣に座る。
ごそごそ音がして、はペンライトを付けた。
辺りが少しだけぼんやりと明るくなる。
「ここなら明かりが目立つことないからー」
はそう言って笑った。
その言葉の意味に気づいて、僕は曖昧にしか笑い返せなかった。
"的にされる心配はない"
それは、殺し合いの現実を受け入れている言葉だった。
木更津…淳…。
狙われた記憶とともに、肩の痛みが蘇ってきた。
「不二くん、ちょっとジャージ脱いで?」
「え?」
「…腕、上がらない?」
小首を傾げて可愛らしく聞いてくる彼女は、どこか泣きそうだった。
そんな顔をしないで欲しくて、僕は痛みを顔に出さずに、無理矢理腕を動かしてジャージを脱いだ。
脱いだ僕に、はほっとしたように笑った。
「良かったー。脱げるならそんなに酷くない筈だよー」
そう言って、は傷口を見た。
半袖のユニフォームの袖口の下にあるので、ジャージを脱ぐと丸見えだった。
は少しだけ顔をしかめた。
「不二くん」
「…なに?」
「ちょっとタオル噛んでて?」
「わかった」
が何をするか知らないが、僕はおとなしく差し出されたタオルを噛んだ。
が、鞄から針と釣り糸の様な物とライターを出す。
ライターで針を炙り、糸を通した。
そして、…傷口を縫い始めた。
激痛にのたうち回りそうになって、ようやくタオルが舌を噛みきらない為の措置なんだと思い至った。
頭が真っ白になっている間に全てが終わったようだった。
目を開けると、が僕の手を握ってじっと見ていた。
口の中が乾ききっていて、非常に動かし辛く、彼女に笑顔だけ向けて傷口に視線を落とした。
綺麗に包帯が巻かれていた。
「…」
「ん?」
「…よく、包帯なんか持っていたね」
からからの声に気づいて、が鞄から水を取り出した。
それを受け取ると、は、例の底なしの色を瞳に宿して、
「癖で、持ち歩いちゃうんだ」
そう言ってひきつった笑みを浮かべた。
僕は、それに対して上手い言葉が浮かんで来なかった。
どんな慰めもごまかしも、薄っぺらい気がした。
だから、ただ、ありがとう、と言って、一口だけ飲んだペットボトルを返した。
は元の笑顔に戻った。
「不二くんの武器はなにー?」
「は?」
「え?やだなに、不二くん私が今殺そうとしてるって思ってるのー?」
「そんなこと思ってないよ」
僕の言葉に、は目を閉じた。
痛みに耐えるように。
「テニスボール」
「え?」
聞き返すと、武器、と低い声で答えてきた。
「私の支給武器はテニスボールでしたー」
今度は明るく。
続いて顔も綻ばせる。
「不二くんは?」
「僕は…これだよ」
鞄の中から、をみつけるまで手にしていたものを取り出す。
「探知機」
僕の番号を中心にして、円が3つほど書かれている小さなレーダー。
今は隣に44の数字…がいる。
裕太と別れる前に武器を確認していたら渡せたのに、と初めてデイパックを開けた時後悔した。
が僕に頷いて、レーダーを覗き込む。
「…周りに人いないね」
武器に対しての喜びも落胆もないことに少し安堵した。
を信じているから、尚更だった。
が何かに気づいたように、急に鞄を漁りだした。
どうしたの?と問うのもつかの間、黒くて長いものを彼女は取り出した。
「…それは?」
「日本刀。脇差しっていうのかな?はい」
がそう言って渡してきた。
日本刀…?
の武器は、テニスボールではなかったのか?
「」
「ん?」
「これは?」
「日本刀。重いから、私じゃ多分自分斬っちゃうし、不二君の武器じゃ人」
「そうじゃなくて」
僕が遮ると、は目を閉じた。
「手塚部長の、日本刀、だよ」
言い終えてから目を開けた。
満足?と言いたげな瞳は、何かの決意に満ち溢れていた。
僕は…いま、どんな顔をしているのかわからない。
「手塚…の?」
「うん」
「手塚は?」
「死んだよ」
しかし、は、地面に"生"と書いた。
橘さんは今どこでどうしているだろう。
神尾は無駄に走り回ってるんだろうか。
ざりざりと暗闇を進みながら、教室での出来事を思い出した。
神尾は声を荒げて怒った。
俺はただそれを見ていた。
ぶるっと寒気が上がってきた。
あの男がキレた。銃口が神尾を向いた。銃声がした。
俺はただそれを見ていた。
「……」
橘さんのように神尾を止めることも、のように庇うこともしなかった。
「……あーあ…」
嫌になる。自分はいつも後悔ばかりだ。
デイバックの中にあったのは、軍用ナイフだった。
はずれか当たりか判別が付きにくい。
銃対ナイフ?まず勝ち目がない気がする。
民家の壊れた扉をくぐった。
「……!」
あの教室で一瞬嗅いだ匂い。
が撃たれた後の。
血の、煙の匂い。
家の奥に誰か居た。
暗闇で誰かわからない。
血の匂いが消えない。
伊武深司は、暗闇をじっと見据えて立ち止まった。
「…不動峰のやつ…か?」
声がした。
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