だい じゅうに わ。











『この悪夢から抜け出す術は』

『死んで私の足元に跪くか』

『殺して無機質の世界に放り出されるかの二つに一つ』























 は僕の手を引いて早足で目的地まで連れて行ってくれた。

 暗くて足元が不安になった。足の裏の感覚が、土から砂になり岩になった。


 海の音が聞こえる。

 の目的地は、海に近い洞窟だった。


 少し中に進むと、が座った。僕はその隣に座る。

 ごそごそ音がして、はペンライトを付けた。

 辺りが少しだけぼんやりと明るくなる。



「ここなら明かりが目立つことないからー」



 はそう言って笑った。


 その言葉の意味に気づいて、僕は曖昧にしか笑い返せなかった。



"的にされる心配はない"



 それは、殺し合いの現実を受け入れている言葉だった。



 木更津…淳…。



 狙われた記憶とともに、肩の痛みが蘇ってきた。



「不二くん、ちょっとジャージ脱いで?」

「え?」

「…腕、上がらない?」



 小首を傾げて可愛らしく聞いてくる彼女は、どこか泣きそうだった。

 そんな顔をしないで欲しくて、僕は痛みを顔に出さずに、無理矢理腕を動かしてジャージを脱いだ。

 脱いだ僕に、はほっとしたように笑った。



「良かったー。脱げるならそんなに酷くない筈だよー」



 そう言って、は傷口を見た。

 半袖のユニフォームの袖口の下にあるので、ジャージを脱ぐと丸見えだった。


 は少しだけ顔をしかめた。



「不二くん」

「…なに?」

「ちょっとタオル噛んでて?」

「わかった」



 が何をするか知らないが、僕はおとなしく差し出されたタオルを噛んだ。


 が、鞄から針と釣り糸の様な物とライターを出す。

 ライターで針を炙り、糸を通した。



 そして、…傷口を縫い始めた。



 激痛にのたうち回りそうになって、ようやくタオルが舌を噛みきらない為の措置なんだと思い至った。





 頭が真っ白になっている間に全てが終わったようだった。





 目を開けると、が僕の手を握ってじっと見ていた。


 口の中が乾ききっていて、非常に動かし辛く、彼女に笑顔だけ向けて傷口に視線を落とした。


 綺麗に包帯が巻かれていた。



…」

「ん?」

「…よく、包帯なんか持っていたね」



 からからの声に気づいて、が鞄から水を取り出した。

 それを受け取ると、は、例の底なしの色を瞳に宿して、



「癖で、持ち歩いちゃうんだ」



 そう言ってひきつった笑みを浮かべた。

 僕は、それに対して上手い言葉が浮かんで来なかった。

 どんな慰めもごまかしも、薄っぺらい気がした。


 だから、ただ、ありがとう、と言って、一口だけ飲んだペットボトルを返した。



 は元の笑顔に戻った。



「不二くんの武器はなにー?」

は?」

「え?やだなに、不二くん私が今殺そうとしてるって思ってるのー?」

「そんなこと思ってないよ」



 僕の言葉に、は目を閉じた。

 痛みに耐えるように。



「テニスボール」

「え?」



 聞き返すと、武器、と低い声で答えてきた。



「私の支給武器はテニスボールでしたー」



 今度は明るく。

 続いて顔も綻ばせる。



「不二くんは?」

「僕は…これだよ」



 鞄の中から、をみつけるまで手にしていたものを取り出す。



「探知機」



 僕の番号を中心にして、円が3つほど書かれている小さなレーダー。

 今は隣に44の数字…がいる。

 裕太と別れる前に武器を確認していたら渡せたのに、と初めてデイパックを開けた時後悔した。


 が僕に頷いて、レーダーを覗き込む。



「…周りに人いないね」



 武器に対しての喜びも落胆もないことに少し安堵した。

 を信じているから、尚更だった。


 が何かに気づいたように、急に鞄を漁りだした。

 どうしたの?と問うのもつかの間、黒くて長いものを彼女は取り出した。



「…それは?」

「日本刀。脇差しっていうのかな?はい」



 がそう言って渡してきた。

 日本刀…?

 の武器は、テニスボールではなかったのか?





「ん?」

「これは?」

「日本刀。重いから、私じゃ多分自分斬っちゃうし、不二君の武器じゃ人」

「そうじゃなくて」



 僕が遮ると、は目を閉じた。








「手塚部長の、日本刀、だよ」










 言い終えてから目を開けた。



 満足?と言いたげな瞳は、何かの決意に満ち溢れていた。


 僕は…いま、どんな顔をしているのかわからない。



「手塚…の?」

「うん」

「手塚は?」















「死んだよ」






















 しかし、は、地面に"生"と書いた。






































 橘さんは今どこでどうしているだろう。

 神尾は無駄に走り回ってるんだろうか。


 ざりざりと暗闇を進みながら、教室での出来事を思い出した。



 神尾は声を荒げて怒った。

 俺はただそれを見ていた。



 ぶるっと寒気が上がってきた。



 あの男がキレた。銃口が神尾を向いた。銃声がした。

 俺はただそれを見ていた。



「……」



 橘さんのように神尾を止めることも、のように庇うこともしなかった。



「……あーあ…」



 嫌になる。自分はいつも後悔ばかりだ。


 デイバックの中にあったのは、軍用ナイフだった。


 はずれか当たりか判別が付きにくい。


 銃対ナイフ?まず勝ち目がない気がする。



 民家の壊れた扉をくぐった。




「……!」




 あの教室で一瞬嗅いだ匂い。

 が撃たれた後の。

 血の、煙の匂い。




 家の奥に誰か居た。


 暗闇で誰かわからない。



 血の匂いが消えない。




 伊武深司は、暗闇をじっと見据えて立ち止まった。






「…不動峰のやつ…か?」









 声がした。

























[残り 38名]




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