だい じゅう わ。










『生きていく力がーこのー手にあーるーうーちはー』

『笑わーせててーいーつもいつも歌ーっていてーほーしいよー』

『キャハハハハハハハハ!』













 銃声が聞こえた。悲鳴は聞こえない。

 それはここから遠く離れていて、誰が狙われて誰が狙ったのかはわからない。


 …なんとかなるなんて、初めから期待してませんよ。


 24時間に一人も死なない場合、ランダムで誰かの首輪が爆発する。

 そんな条件下で平静で居られる人が何人いるだろう。

 流れてきた冷や汗を拭い、自嘲地味た笑みが上がるのを覚える。


 僕は、案外臆病者なのかもしれませんね…。


 だから、他人のデータを取る。

 不安材料を消すために。

 だから、シナリオを作る。

 最初から全て解っているなら、怖いものなど何もない。

 こんな状況に陥ることで自分を分析できるとは、皮肉にもほどがある。


 けれど、悲観している場合ではない。

 すでにシナリオは読まれ始めている。

 BR法に参加した時点で、未来などない。



 死んだらそこで終わり。

 優勝しても、仲間を殺した自分に何の価値が残る?

 このゲームをぶち壊しても、第一級政府犯として一生逃げ回らなくてはならないのは、少し考えればわかること。



 未来など、ない。



「……」



 支給された武器は、スタンガン。


 銃に魅力を感じていないと言えば嘘になる。

 それでも、強力な武器でなくて安堵しているのも事実。


 強力な武器を手にしてたら、殺さないで居られる自信が、少しなかった。



 自信がない?そう思う自分を嘲笑う。



 こんなに自信がない自分が初めてだった。


 観月は、顔を両手で叩いた。



「作られたシナリオなら、書き換えるまでですよ…」



 キャストのデータは揃ってるんですから…。



 鞄の中のパソコンの情報。そのほとんどが観月の脳に記録されている。

 輝かしい未来が、そこからいくらでも作り出せるであろうデータたち。

 いつか人々の記録に残るとしても、こんな形では絶対なかったはずだ。

 理不尽さに怒りを覚える。



 まず乾くんと柳くんを捜すべきか。

 それとも…。






 一人で戦うべきか。






 観月は前方の闇を睨んだ。






























 観月が葛藤している間に、木更津淳は柳沢に会っていた。



「淳!」



 呼ばれて淳は、パートナーを振り返った。


 柳沢の姿を見とめて、脳の隅で、お前を探してたんだ、と言葉が浮く。


 純粋にパートナーとして一緒にいたかったのか、仲間だから会いたかったのか、殺したかったからなのかは、淳には判別出来なかった。



「クスクス…やあ、柳沢…」



 判別出来なかったから、ただの挨拶だけをした。

 柳沢は、泣きそうな顔をして近づいてきたが、淳の近くにきて、ギクリと身を強張らせた。



「あ、あっ、淳、鼻血でも出したんダーネ?」



 ひっくり返った彼の口癖。

 鼻血?と疑問に思い鼻に触れる。



 パリパリと何かが落ちた。



 手に付いた赤黒い破片を見て、それが乾いた血だと言うことがわかった。

 左側の顔には、乾いた血が多量にこびりついていたのだ。



 赤澤部長の。



 左胸から吹き出した、血液。





「クスクス…あー…通りで口や目が動かし辛いわけだ…」



 ジャージの袖でゴシゴシこする。



ゴシゴシ…パリパリ…ゴシゴシ…



「あ淳…」



ゴシゴシ…パリパリ…ゴシゴシ…



「なに?」

「誰かに…襲われたんだーね」



 襲われた?

 淳は首を傾げる。



「柳沢が?」

「違うだーね。俺はまだ…誰とも会ってないだーね。」

「じゃあ僕が?」



 淳の言葉に、柳沢が泣きそうになる。


 なんでそこで泣くの?


 しょうがないので、記憶の糸を辿ってみる。


 襲われた…襲われた…襲われた…襲われた…?


 出会ったのは、部長と不二兄弟。

 もっとも裕太は、狙ったのが淳だとは分かっていないが。



「あー…不二さんは…向かってきた、ね」



 走れ!と不二が裕太に叫ぶと、わき目も振らず真っ直ぐに淳に向かって駆け出した。

 自殺行為だ。

 狙いは裕太で、自分は狙われてないとでも思ったのか?

 距離がまだあるので、銃を構える。

 スコープを覗くと、不二が何かを淳に投げたのが見えた。


 その、顔に飛んできた小石のせいで、一回目狙いが逸れた。

 それでも、当たったはずだが…不二は変わらない速度で横に進路を変更し走っていった。

 その背中に向けてもう一度撃ったが、彼の体が傾ぐことはなかった。



「不二さん…に、やられただーね?」

「何が?僕は怪我なんかしてないよ…クスクス…」

「じゃ…じゃあ、その血はなんなんだーね!」



 叫んだあと、柳沢の顔に後悔の色が走った。

 分かっているが、わかりたくなくて、どうした?と言う質問をあえて避けた筈なのに。

 淳は、そんな彼の機微に気づかなかった。



「クスクス…部長、だよ…」



 部長、と言う単語に、後悔も悼みもなかった。

 淳は気づいておらず、ただ柳沢だけが、淳が変わったことに気づいてしまった。



「…何があったんだーね」

「何がって?」

「淳が部長を殺すなんて有り得ないだーね」

「有り得るんだから、しょうがないね…クスクス…」

「有り得ない…淳はそんなやつじゃないだーね」











「五月蝿いよ柳沢」












バァン!…ビチャ!







 突然言うことを訊かなくなった足のせいで、柳沢は尻餅をついた。

 何が起こったのか理解出来なかった。

 肉が半分吹っ飛んでいる左の脹ら脛。赤黒い血が吹き出る合間に、ちらりと見える白は骨だろうか。



「うわ、わ、うわわわわ」



 怪我が恐ろしくはなく、ただ自分の足のグロテスクさに、足を切り離したい恐怖にかられた。



なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ



「クスクス…僕に声をかけなきゃあよかったのにね…」



なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ



 立ち上がろうとするが、もちろん足は動かない。

 柳沢は、陸に上がった魚のように、びちびちと体を動かした。



「あつし」

「なに?」



 なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ



 混乱してる柳沢は、自分の額に冷たい感触がすることを感知出来なかった。

 パニックは電気信号の暴走。神経系がまともに機能しなくなる。

 痛みがわからないのも、柳沢の脳が傷のことを認知していないだけ。

 しかし、止まらない出血は、確実に柳沢の体力を奪い、視覚能力も失わせていった。

 だから、暗い色をした銃を見つけることができなかった。



「こんな解決法しかないわけじゃないだーね」

「は?」

「話してくれたら、手伝えただーね」

「なにを?殺しを?」



 クスクス笑う淳を見て、柳沢は、ルドルフに戻ったような錯覚を起こした。



「悩みごと…だーね」



 そう言って笑う柳沢に、淳は一瞬怯んだ。









バジュン!









 スイカのように柳沢の頭が破裂した。

 淳の撃った、銃によって。



「いいよ…もう…いいよ…」



 柳沢は最期まで殺されることを信じてなかった。



 頭を打ち抜いたのは、顔を見たくないから。

 長く一緒に居たことを、思い出したくないから。


 顔が見えなくなると、殺したのは誰だったのかわからなくなった。

 頭に残ってるのは、残りの数字。



 8。



 カウントダウンだけが、生きる理由になった。










 今までの思い出も、これからの目標も、今の一撃で全て無くなった。





 未来なんて、ない。









 いつか挫折を味わう日が来るだろうけど、まだまだ先だったはずだろ?














[残り 39名]




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