だい いち わ。















 誰かが歌を歌ってる。

 ・・・歌じゃない。ハミングだ。

 この曲、聴いたことがある。

 第九。



『起きよう?悪夢が始まるよ?』

『悪夢?』

『そう、とびきり怖い、悪夢なんてめじゃない、覚めない悪夢』




















「・・・ん〜ん〜ん〜・・・ん〜・・・♪」



 目を開けると、みんなのざわめきの中、誰かのハミングが微かに聞こえた。

 俺は教室に寝ていた。

 辺りは暗い。



「え、なんで・・・・」



 今日から選抜合宿が始まる。

 だから、行き先は合宿所で、たとえここが合宿所でも、寝ていた俺を教室に放り込んだりはしないだろう。

 ぼーっとする頭を押さえて、なんとか思い出そうとすると、チャリっと首に違和感を感じた。



「首輪・・・」

「起きたんか、岳人」

「侑士・・・なんだよ、ここは」

「・・・あまり話さん方がええ。黒板見てみ」

「黒板?」



 珍しく怒ってる様な侑士にも違和感を感じた。

 釈然としないまま、言われた通りに黒板を見る。






"BR"






 そう、短く、大きくかかれていた。



「・・・びー・・・・あー・・・る・・・」



 声が、掠れた。

 話に聞いた、BR法。

 クラスメイト同士を殺させて、子供を間引く、史上最低最悪の、法律。

 否、大人たちの、腐った、ゲーム。



「な、んで・・・俺たち、合宿に来たんじゃ・・・」

「そのはずや。見い、周り」



 侑士に言われて周りを見る。

 暗かったせいか、混乱しているせいか、言われて見るまで、視界に入らなかった。

 黒板の字を見て泣きそうになっている奴や、怒ってるやつや、震えている奴や、混乱している奴や、冷静にじっとしている奴や・・・。



「青学、山吹、立海、不動峰、ルドルフ、・・・そして、氷帝のメンバー総揃いや」



 合宿のメンバー。

 これから、試合をして、選抜をされて、それで・・・。



「岳人。これから何が起ころうと、黙っとき。ええな」

「ゆーし・・・」

「ええな」



 侑士は俺に強く念を押した後、俺に腕に指で『神社』と書いた。












「・・・ん〜ん〜ん〜ん〜・・・ん〜んん〜・・・♪」












 ガラッ!とドアが勢いよく開いた。

 一斉に銃を構えた軍人が教室に入ってきて、教室内はさらに騒然となった。

 後ろのロッカー以外を軍人が囲むと、教室に悠々と一人の男が入ってきた。



「はーい、みなさん。こんにちわー」



 この場に似つかわしくない明るい声で、体操のお兄さんのような言葉を発した。

 風貌は、中年まっさかりで、よくドラマ出てくるような典型的な『優しそうなおじさん』だった。



「んん?返事がないぞぅ?こーんにちわー」

「返事しろぉ!!!きさまらぁ!!!」



 軍人の一人が声をあげ、数人が天井に向かって銃を撃った。

 途端に悲鳴が上がる。

 横に居た菊丸が声を上げた。

 俺も、竦んでないといえば嘘になる。



「お、大石・・・」



 叱られた猫のように俺を見る菊丸に、笑顔を見せれるように努力した。

 ぎくしゃくと強張った感は否めないが、なんとかなったように思う。

 菊丸も「にゃ、にゃー・・・」と言って、ぎくしゃくと笑った。



「はーい、こーんにちわー」



 悲鳴と怒号を縫って、可愛らしい声がした。

 返事をしたのは誰だ!と辺りが静かになった。

 俺は一瞬耳を疑った。

 それは、俺の近く。ロッカーの上に座った女の子の物だったからだ。

 俺は彼女を良く知っている。菊丸もそうだ。

 こんな時にふざけられるような子じゃない。

 俺がの方を向くと、彼女は。




 にこにこ と 笑っていた。




























 僕の横で、彼女はにこにこと笑っていた。

 さっきまで口ずさんでいたのは、第九。

 誰もが黒板の字を見て取り乱している中、なんともないように、彼女は第九を歌っていた。

 そして、今、あの男のふざけた言葉に、返答を返した。



「お、いい返事だなぁ。その声は じゃないか!」



 男の声に、教室はざわついた。

 顔見知り、だったのか・・・?

 嫌な予感が胸をよぎる。

 まいったな。僕の嫌な予感は、よく、当たるんだ。



「おひさしぶりですー」



 彼女は、にこにことそう言った。

 ここで、ふと、この表情は転校してきた当初、彼女がよく見せていた表情だということを思い出した。

 二年の終わり。突然テニス部に入部してきた彼女は、仮面の様な笑顔をしていた。

 まるで、僕みたいだ、と思った。



「せんせー、質問していいですかー?」

「んー?いや、まてまて、質問の機会は与えるからそのときにするんだぞ?」

「はーい」

「いい子だ。じゃあ、皆にこれからすることを説明しよう」



 が先生と呼ぶ男が、そう言って、黒板に「酒田金時」と書いた。

 なんの冗談。



「先生の名前は酒田金時だ。有名な足柄山のキンタローと似てるが、あっちとは「酒」違いだぞ。酒田先生と呼びなさい」



 「でも、先生堅苦しいのは苦手なんだよな」と笑いながら、皆を見渡す。

 全員成り行きを固唾を呑んで見守っていた。

 笑ってるのは、しかいない。



「突然ですが、これからみんなに殺し合いをしてもらいまーす」



 最悪な宣言を、その男は、実に嬉しそうに言った。










[残り 44名]








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