帽子
コンコンっ
「陸軍師〜」
呼んでみるが返事がない。
おやぁ?中で寝てるのかな?
「陸軍師〜、失礼しますよ〜」
扉を開ける。
中に陸遜の姿は見当たらず、唯、半ば開かれた本や山積みにされた、纏められた布、散らばった木簡、広げられた巻物、きちんと閉じてある巻物が所狭しと、そこら中に散らばっている。
うわ。
私は、それらを踏まないように、慎重に中に入った。
布を一枚拾い上げてみると、何処かの土地の略図のようだった。
こっちは・・・布陣?いや、囲碁か?白○と黒●が格子の重なる点に、書いてある。やっぱり囲碁かな。
私は、その布を持ちながら、周囲の状況を見渡す。
片付けたほうがいいんだろうか?いや、こういう部屋に住む人種は勝手に部屋を片付けられると、キレるって聞いたしな〜・・・・
しばらく考えた結果、片付けないことになった。
下っ端が見ちゃいけない書類もあるだろうしね。
私は、周都督に頼まれた書類を机の上に置いて帰ろうと思った。
よっ、はっ、ほっ、とりゃ、しゃっ、しゃっ、ほ〜♪
無事に何も踏まず、微妙な均衡で積まれてるものも崩さずに、机までたどり着いた。
私もなかなかやるじゃなーい☆
適当に、机の上に書類を置く場所を作る。
お。
物陰に、陸遜がよく被ってる帽子を発見した。
私は、できた場所に書類を置いて、そっと、その帽子を手に取った。
うわ、結構重いな・・・。兜みたいなものなのかしらん?よくこんなの被ってて、転んだりしないな〜。
私は天井に翳したり、裏返してみたりする。
けど、小さいなぁ。私と同じくらい?この私の脳みそと同じくらい?
どきどきどきどき。
胸の高鳴りを押さえつつ、私は、思い切って被ってみた。
ぽす。
あ、あれ?入らない?
無理やりにでも被ろうと頑張ってると、
「・・・・・・・・、何やってるんです?」
「うわっ!」
ずぼっ!
突然の部屋の主の来訪に、私はドキッとして、変な声を出した。
ついでに腕も、ビクッと動き・・・・・帽子が、嵌った。
そして、私の動きにビックリしたのか、机が揺れた。(多分、私の体があったんだろうけど)(そら、そうだ)
どどどっ。
「うぎゃ!!!」
私のほうに向かって、机の上に山積みにされていた、本やら巻物やら木簡やら、私が置いた書類やらが雪崩の如く落ちてきた。
陸遜の来訪から、一瞬の間に起こったせいで、私は全く対処できずに、その書類の山に埋もれた。ああああー。
「」
陸遜のため息。
ため息ついてんじゃねーよ。君が片付けないせいでしょーが。助けてー。頭も帽子のせいでいーたーいー・・・。
陸遜が近づいてきて、私の体の上以外の本だか何やらを退けてくれた。
「こんなところで何をしてるんです?」
今ふと気づいたんだが、大体陸遜の私に対しての第一声はソレだよな。
「陸軍師に、周都督からの書類をお届けに参リマシター」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「・・・・・あの、ここから出して貰えません?」
「自力で出たらいかがです?(ニッコリ)」
「出してくれたっていいじゃんー!!!」
「はいろいろ煩いから、しばらくそこで埋まっててくださいね」
「ムキー!!」
ムカツクー!
「ところで、」
陸遜が訝し気な顔で私を見る。
なんだよ。
「そんな帽子被ってると、頭おかしくなりますよ」
「はぁ!?」
あんたがいつも被ってる帽子じゃん!!
陸遜が、帽子をぐいっと引っ張る。あてててて。頭が縦にのびるー!
うーん、と陸遜が手を離して呻く。
「にも、それなりに脳みそがあるんですね」
「何!?あんた私を笑いに来たの!?なんなんだよ!もう!ばーかばーか!」
あんまりな言い分に、思わず半泣きになりながら講義する。
陸遜がアハハ、と笑う。ウア、素敵ナ笑イ方。
「いや、その帽子ですけどね、昨夜甘寧殿がいらして、置いていったんですよ」
「へ?」
「なんでも、小喬様のお手製らしいんですが、周瑜殿に殺されたくないので返品するつもりだったんです」
「え?なに?これ陸遜がいつも被ってるのじゃないの?」
「被ってませんよ、そんな小さいの。それに甘寧殿の入れ知恵で、変に重いでしょう?
そんなの被ってた日には頭おかしくなりますよ」
陸遜は眉間にしわを寄せて、額に手を添えると、ため息を一つ。
おっさん臭ぇ格好。
甘寧殿の入れ知恵って・・・・一体あの小喬様に何を吹き込んだんだ・・・・
・・・・いや、怖いから考えるのやめよう。私はまだ人間でいたい・・・
「後、誤解なきよう言っておきますが、この部屋が現在このような状況にあるのは、甘寧殿のせいですからね」
「ああ、昨夜来た時になんかあったの?」
「私の留守中に勝手に入って、勝手に物を探してたんです。それが呂蒙殿の為にやったことじゃなければ、今頃火刑執行ですね」
フフフ、と実に暗く楽しそうに笑う。
わわわ。危ない人がいるよー!誰かこの人拘束してー!
私は沈黙してカタカタしていた。
陸遜が私の上の荷物をどかし始めてくれた。
「人の物に勝手に手をつけたことは許しますから、それをつけたまま周婦人のところに行って、外してもらって来て下さいね」
「うあ、それって、自分のやりたくないこと押し付ける嫌な上司がすることじゃない?」
「期待させて申し訳ありませんが、そんなことは全然ありませんよ」
実に晴れやかにニッコリと笑う。性格悪いんだからもう。
上の荷をどかしてもらって、私はようやく底から這い出した。あー・・・重かった。
私が衣服に付いた埃をパンパンと手で払っていると、
「そういえば、なんでまたその帽子を被ろうと思ったんです?」
ギクッ。
「いやー、あは、あははははっはっはは・・・・」
「?」
「失礼しました!」
私は脱兎の如く逃げ出した。
帽子を被ってキリっとしてる陸遜が、結構かっこいいからなんて、絶対に言わない。言えない。言ってやらない。
小喬様のところに行って、勿体無いけれど、切って外してもらった。
その残骸を私は貰って自室に帰った。
荷物の一番下に、その元帽子を仕舞い込んだ。
この行為に意味なんかない。
きっとない。
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