宴
「おーい、」
甘寧殿の快活な声が響く。
私は薪拾いの手を止めてそちらを向く。
「寧将軍」
私はちょっと苦笑いをする。
いつだったか、殿とは知らずに策様と手合わせさせて頂いた時に、するりと声に出た字が、。寧将軍はよく私をその字で呼ぶ。
「おう、ちょっと付きあえや」
無害な笑顔が付いてなきゃ、暴力関係のお誘い文句だ。
「今すぐ、ですか?」
「今すぐ、だ」
強い口調で返される。うーん。
無駄だと思うが、抵抗してみることにする。
「今見ての通り薪拾いの最中なのですが」
「いいじゃん、さぼっちまえよ」
甘寧殿らしいお言葉をありがとう。
うーん、困った。しかし、上司の命令に逆らうわけには行かないしな…
私は拾った物をまとめ、近くの仲間に預ける。今度おごれ?はいはい、ワカリマシタワカリマシタ。
私は甘寧殿の元に急ぐ。
行った先で行われてたのは、ちょっとした宴会だった。なにゆえ?何か祝い事あったか今日?
「まぁ座れや。」
甘寧殿が一角を指差す。
体して顔も名前も売れていない私は、甘寧殿のせりふのせいで、私はこの場にいる人に『』と認識されてしまった。
はずかしいなぁ。まぁ、別にいいけど。
私は横の人に軽く会釈して座る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・甘寧殿」
おや?
陸遜が書類を片手に、天幕の裾を捲って立っていた。
「お、陸遜っ!いいとこに来たな!」
「いいとこに来たな、じゃないですよ。なんなんですか、コレ」
「んん。深い意味なんかねぇ」
うあ。甘寧殿らしい。
私は、出された酒をちびちびやりながら、二人を観察する。
「ちなみに私が持ってる書類ですが・・・見覚えはありませんか?」
「あるわけねーじゃん。俺にそんなこときくなよな」
甘寧殿即答。
ギャハハ、と明るく笑いながら、ばしばしと陸遜の背中を叩く。
対照的に陸遜が、へぇ、と不敵に笑う。
怖っ。
「コレはですね、甘寧殿、貴方が今日までに出さなければならない報告書ですよぉ?」
「あ?そうか?じゃあ、何でそれ陸遜が持ってんだ?」
「コレを書いてるはずの貴方がいらっしゃらないから、探しに来たんです!」
「持って?」
「そうです!さぁ、今すぐ、ここでもいいから書いてください!呂蒙殿が待ってるんですから!」
「うわー、おめぇ、おっさんの事になると目の色かわるなぁ〜」
「呂蒙殿におっさんとは何事ですか!」
威嚇する猫のように毛を逆立てて怒る陸遜。
立場がよく分かってないのか、なんだかのんびりとしてる甘寧殿。
と、甘寧殿の横の人が、酒が入ってると思われる燗を手渡している。
なんだ?
陸遜は頭に血が上ってるようで、それを認識してない様子。
可愛らしい熊猫の絵が描かれている布が巻かれてる。
「なぁなぁ、陸遜」
「なんですか!」
「ほい」
「んぐっ!」
叫んで大口を開けた陸遜の口に、燗の口を突っ込んだ。
甘寧殿が陸遜の頭をつかみ、燗の底を上げ、無理矢理飲ませ始めた。
陸遜の喉が、ぐびぐびと動く。
全部一気に飲ませた甘寧殿は、ご満悦の表情で陸遜の口から燗を引っこ抜いた。
束縛(?)から解放された陸遜は顔を真っ赤にして、その場にへなへなと座り込んだ。
「・・・・・・・甘寧殿、何飲ませたんですか?」
「おう!良くぞ聞いてくれたな!これぞ甘寧様特製酒『酔いどれ熊猫』!」
なんですか、それ。
「普通の酒の倍以上の純度があるんだぜ〜、苦労したんだぞ、ほんと」
「あー、もしかして、それのお披露目会かなんかですか?この宴会」
「そんなもんだな。ああ、その酒はコレとは違うぞ。飲むか?」
空の燗を振りながら、私に問う。
私は丁重にお断りした。
「えーっと、陸遜殿大丈夫ですか?」
「うーん、こいつやたら酒に強いから、一度酔わせて見たくて作ったんだが・・・全然反応がないな」
「・・・・・甘寧・・・殿」
陸遜がへたりこんだまま小さく呟いた。
お、なんだ?と甘寧殿がそばにしゃがむ。
と、その首に陸遜が抱き付いた!
げっ!
そしてそのまま、甘寧殿の唇に唇を合わせる。
げ、げげげっ!
周囲の温度が数度下がる。甘寧殿なんて石化してる。
当の本人は、ほんのり頬を赤らめ楽しそうに笑ってる。
すげぇ可愛い。やってることはキモイけど。
陸遜は石化した甘寧殿を放すと、反対の隣にいた青年に接吻をかました。
こ、これはもしや!
陸遜はキス魔!!!???
わあああああああ!!!?????
天幕内はちょっとしたパニック。
先ほど口付けされた青年は甘寧殿と同様石化してる。
まずひ・・・なんとか酔いを醒まさないと・・・・
「伯言!」
私は近づいて、頬を平手で二、三回叩く。
陸遜は私に胸倉を掴まれた状態で、あらぬ方をぼんやりと潤んだ瞳で見つめてる。
やべぇ、完全にどっかイってる・・・。
ある意味今の彼は妖艶だ。
もう一度、今度は拳で、腹でも殴ろうとすると、
「・・・・♪」
陸遜の楽しそうな顔がいきなり近づいた。ひぃ!
そのまま問答無用で唇に柔らかいものが触れてくる。
ざわわわ!
全身に鳥肌が立つ。
脳みそが、カッ!っと真っ白に染まる。
「陸遜?ここにいるか?」
天幕を捲って、呂蒙将軍が顔を出した。
あああ・・・なんて時にくるんだ・・・
私は呂蒙将軍の運のなさを、まだ微かに残ってる脳みそで哀れんだ。
陸遜は呂将軍の声に反応して、私を離すと、
「呂蒙どの〜っ♪」
呂将軍に飛びつくと、
ぶちゅうぅぅぅうぅうぅうぅううううぅぅううぅううううう!!!!
何とも濃厚な接吻を呂蒙殿に与えた。
この後、陸遜はどっかで吐いて、そのままその場に寝て、彼が起きた時には、彼が酔ってしたことのすべてを綺麗さっぱり忘れていた。
私と甘寧殿は、もう二度と陸遜を酔わせないと、硬く誓い合った。
呂将軍は二、三日、具合が悪いとの理由で軍義を休んだようだ。
見舞いたいとごねる陸遜を甘寧殿と私が必死で止めた。
綺麗さっぱり忘れてしまった陸遜に、呂将軍の気持ちをわかってやれ、と言うのも無茶な話だが、誰もおぞましくて、あの日のことを語ろうとしない。
・・・・・・かく言う私も、ムリ・・・・・。
教訓!普段酔わない人を無理矢理酔わさないこと!痛い目を見るのは多分自分である!
・・・・・以上。しくしくしく・・・・・
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