討逆様と手合わせ
陸伯言に嫌われました。
何が原因だかさっぱりです。
ぼんやりしていたら、いつの間にか、呉に従軍していました。
ここに来て三日ばかり。陸遜は結構偉いらしい、と言う事がわかった。
『甘寧殿』も結構偉いらしい、と言う事が分かった。
あと、『呂蒙殿』も結構偉いらしい、と言うことを知った。
『周軍師』もとい『周都督』は凄い美形だ、と言うことを知った。そして偉いらしい。
殿はよく顔が見えなかったが、覇気があり、馬鹿な人物ではないことは分かった。『周都督』とはマブダチらしい。
私が死に掛けた原因は唯の出血多量。矢が臓腑を抉ったりしていたが、いずれにしても、致命傷には至らなかった。
ので、大体治りかけている私は、体がなまっているので、動かす訓練をすることにした。うん。決めた。
ぼーっとしてると、暗いことばかり考えるしね。うん。
襦袢を脱ぎ捨て、庖を着る。結った髪を巾で包む。うしっ。
庭にぴょんと飛び下りる。うん、大丈夫。
今日も天気がいいな。私が落ち込むときはいつも晴天だ。フハハ。一生落ち込んでた方が世の中の為?
近くに落ちていた木の枝を拾う。結構長い。
昨日の夜、風が強かったから折れたのだろう。
可哀想とかそんな気は起きない。きっと君は折れるように出来てたんだよ。うん。
まず、右手で。ひゅ。一回。
持ち替えて、左で。ひゅ。一回。
持ち替えて、右。ひゅ。二回。
ひゅ。二回。ひゅ。三回。ひゅ。三回。ひゅ。四回。段々速度を上げて、繰り返す。
十五回程度で、息が切れた。むぅ。まずい。かなり鈍ってる。
「お、なんだ。もう休憩なのかぁ?」
からかう様な声が雑木林の方からした。なんだか聞いたことあるような・・・?ん?
私はそちらの方を見た。
髭を生やした青年。雰囲気は少年だが、それなりに年はあるような気がする。
少なくとも、私より年上だ。
でも、誰か分からない。誰だっけ?全体的に赤い装備から、呉の人だとは分かる。
「はぁ」
私は曖昧な返事をした。うーん、誰だっけ?
彼は、唇をちょっと突き出して、
「ちぇー、もうちょっと早く来れば手合わせしてもらえたかもしれないのになぁ」
拗ね方も少年っぽい。うーん、誰だっけ?
私は極力人好きのする笑みを浮かべる。
「下手でもよろしければ、お相手いたします」
彼は私のセリフにぱぁっと顔を輝かせる。うーん、誰だっけ?
「お前名前はなんて言うんだ?」
名前ー・・・あー・・・・どうしよ。まともに名乗ってもつまらんな。
む。そうだ。私は女をやめようと思ってたんだ。
じゃあ、こいつ相手に心機一転を諮ろう。
そうだなー・・・私の字はー・・・
「と言います」
「そうか。、俺は伯符ってんだ」
はくふ・・・・はーくーふー・・・うーん、誰だっけ?
まぁ、名乗ってくれたってことは、知り合いじゃないのかな?うーん、見たことあるんだけどな。
とりあえず、笑っていよう。うむ。
「生憎、獲物はこの辺の枝しかありませんが」
「おお、いいぜ。条件は同じだな」
「はい」
伯符が構える。
型が定まってない。どこの流派だ?
相手の型を見ていると、すぅっと、辺りには自分の呼吸しか聞こえなくなる。
右に枝を構え、左手を、刀身の部分(と考えてる場所)に添えて、構える。
伯符からの覇気が素晴らしい。負けてられるか。
じりじりと時間が焦れていく。
・・・・待つのは好きじゃない。先手必勝!
私は地を蹴って、伯符に突進した。
伯符の顔はとても楽しそうだ。楽しそうなのに、この、殺気。すごい。
がっ!
私の一撃は、伯符の枝に防がれた。
獲物を飛ばそうとしたのか、上に跳ね上げられたので、体ごと飛び上がり、宙返りして、地面に降りる。
降りた瞬間に、伯符はすぐ近くまで迫っていた。
振り下ろされる速度は速い。彼の筋力が相当強いことの証。
受けるわけには行かない。私は紙一重で何とか、横に避ける。
振り下ろしたんだ、すぐには攻撃に移れまい。よし、取った!
横に切り払おうとした時、地面から伯符の一撃が来た!早っ!
横凪ぎの攻撃を慌てて防御に回したが、今度は獲物を外され、体も後ろに吹っ飛んだ。
どっ、と思いっきり木に背中をぶつける。いったぁ・・・。傷開きそぅ・・・。
悔しさからか痛みからか、体に嫌な汗がまとわり付いている。
「おしかったな。俺のほうがちょっと早かったが・・・、お前結構強いな」
「ハハ」
実に楽しそうに伯符は言う。自慢してるようなセリフだが、不思議と驕ってる様な嫌な感じは受けない。
ハハ。伯符強いなぁ・・・こんなのが戦場にいたら、私もあっさり死ねただろうなぁ。
伯符が近くに来て、私の隣にどかっと座った。私は息が上がって、うまくしゃべれない。
「伯符は、誰かに、負けたこと、あるんですか?」
「ない!・・・と、言いたい所だがな・・・ま、俺も万能じゃないってことだ」
切れ切れの問いに、二カッと笑顔で答える。
へぇ・・・まだまだ上はいるんだね。当たり前の話なんだけどさ。
あ、
「聞きたいことがあるんですが・・・」
「おう?」
「陸遜・・・殿は、お強いんですか?」
私より、ここの長くいてそうな、伯符は知ってるだろう。ここでの陸遜の実力がどんなものか。
「ああ、強いぜ。と同じくらいにな」
褒めてくれてるんだろうか?それとも、自分のほうが強い、という意味なのだろうか?
多分、前者だろう。
嬉しい。
嬉しいはずなのに、何故か涙が溢れてきた。
「・・・?」
「私の剣技は・・・陸遜・・・殿から昔教わったものです・・・」
「そうなのか」
ああ、私は何を言ってるのだろう。
伯符にこんなこと言っても仕方がないのに。
「は・・・伯言は・・・・元気でしょうか・・・?」
間抜けなセリフ。嗚咽交じり。コラ、、言葉使いに気をつけろって言われたでしょ。
伯言殿。陸遜殿。陸遜殿。
「あいつは公瑾に似て難しいこと考えてるからなー。元気だけど、あのままじゃ胃に穴開くぜ」
胃に穴開く?あの伯言が?悪餓鬼だったあの陸義が?
そうか・・・そうだ・・・陸義なんてもう何処にも居ないんだ。
いないのだから、私は彼の『幼馴染』では無くなってしまった?
だから、幼馴染面してる私に嫌気がさした?
ここでの彼の生活を脅かすものとして認識されてしまった?
思考が更に沈み、私の涙は止まらなくなった。
空は青い。ちくしょう。馬鹿にしてるのか?
「・・・・どうした?陸遜と喧嘩でもしたのか・・・?」
伯符が子供にするような仕草で、私の頭を撫でる。
「・・・・伯符様」
がさり、と流麗な青年らしい声がした。
聞いたことがある声だ。この声は周都督。
周都督が『様』をつけている・・・?
「こんなところで何をしてらっしゃるんです?」
「お前が相手しくれないから、に剣の相手をしてもらってたんだよ」
「殿・・・?その人は確か、殿ですよ。先だっての戦で、従軍なされた」
あ!
思い出した!
従軍許可の申請に殿に謁見に行ったときに、居た、周都督が隣りにいた人。
我が殿、孫策様だ。確か、字は伯符。
私は、ばっとその場に叩頭した。もう地面に顔面を擦り付ける勢いで。
「無礼な振る舞いをいたしまして申し訳ございませんでした!!」
「んぁ?何言ってるんだ?相手をしてくれっていったのは俺じゃないか」
「伯符様はもう少し御自分の立場をご理解為さった方がいいですよ」
私の態度にきょとんとしている策様に、周都督は困ったように笑った。
あ。笑う気配が陸遜と似てる。
「殿、大丈夫ですよ。顔を上げてください」
周都督が言う。
顔を上げようとしたが、あれ?力が入らない。
「殿?」
「申し訳ありません・・・なんだか体に力が入らなくて・・・」
「・・・うわっ!、お前わき腹血が出てるぞっ」
「あー・・・やっぱり傷開きましたか〜・・・あっはっはっは〜・・・」
自覚するとやっぱりちょっと痛い。
「・・・・伯符様。けが人相手に全力でやらないでください。まして相手が殿なら、私が伯言に恨まれてしまいます」
周都督がため息を吐きながら、私の横に来て、巾を止めていた布を外し、傷口を止血する。
わーわーわーっもったいない!
「伯げ・・・陸遜殿は私のことなんか気にしてませんので、恨まれるとかないですよ」
冷や汗を掻きながら、私は周都督に言う。
周都督は言う。
「幼馴染なんでしょう?」
「・・・・現在はその肩書きも空しい気がします」
しょんぼりする私に、周都督は瞳に不思議な色を宿して、
「一度失ってしまった経験があるものを、もう一度慈しむのはなかなか難しいものですよ」
寂しそうに笑った。
「公瑾・・・?」
「さて、とりあえず、これで大丈夫です。医者を呼びますので、部屋寝ててください。
私は、伯符様を連れて戻らないといけませんので」
「え!」
「伯符様、公務を途中ですっぽかして来ましたね?今日中にあの書類、纏めて置いてください。
大丈夫です。私が横にいて、ちゃんと監視して差し上げますから」
華をも欺く顔で、にこりと笑った。
そして、そのまま絶句してる策様を引きずっていった。
あの細い腕のどこにそんな力があるのだろう。
ぼへーっと、彼らの姿が見えなくなるまで見送って、私は部屋に戻った。
「・・・失礼します。・・・?」
んぁ?・・・・ぁあ、陸遜か。
ぎしっぎしっ・・・
近づいてくる。
「・・・・寝ているんですか?」
不貞寝じゃ、不貞寝。
黙ってる私に、陸遜がした行動は、
「・・・・ぃっ!」
「ああ、やっぱり起きてましたね」
楽しそうに笑う気配。
この野郎。今日開いた傷口を押しやがって。
どうせ、策様辺りに何か言われたんでしょうよ。ふんだ。
私は布団に潜り込んだ。
陸遜のため息。と、
ナデナデ。
・・・・・・へ?
布団越しに頭を撫でられる。
それを悟った瞬間、体温が急激の上昇した。
「子ども扱いするなーっ!」
ばっと、布団ごと、陸遜の手を振り払う。
その私の行動に陸遜は楽しそうに笑った。
「って、昔から頭撫でられると元気になるんですよね」
「へーへー左様ですか〜。どうせ私はお子様ですよ〜」
「ええ、まったく」
むか。
陸遜が私の反応に笑ってる。
その笑いにふと影が射した。
「昔から何も変わらないを見てると、僕も昔に帰れそうで・・・」
二度と戻れない、そんな雰囲気を含んだ言葉。
「この前の・・・貴方を拾った戦の・・・・いえ、僕が赴いた戦で、僕の友人はどれだけ戻ってきましたか」
「そんなには・・・でも、全滅じゃないよ。村の人たちも私がしっかり守ったしね」
”助けに行けなくてごめんね”
「帰って来なかった人も、死体を見つけたわけじゃない。
伯言がこうして生きてるんだから、きっと他の人もいきてるよ」
”助けに行けなくてごめんね”
「・・・・・助けに来るのが、遅くなってごめんね」
私たちは元気で生きてるよ、って伝えるのが遅くなってごめんね。
友人やすべての者が、全部消えてしまったと言う、傷が痛かったんだね。
私に対しての冷たい態度は、死ぬかも知れない私を『友』と認めたくなかったから?
何て臆病なんだろう。凄く可愛い。
私は俯いて顔を上げない陸遜をそっと抱きしめた。
「思い出したんですけど・・・昔からそうでしたけど、って胸がないんで、拾ったとき、本当に男かと思いました」
「この状況で言うことはそれだけかっ!」
私の拳は、陸遜のこめかみに命中した。
とりあえず、私と陸遜は仲直りしたようだった。
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