再会





















「…っ!!」



 肩に走った激痛に、私は無理矢理起こされた。

 横にいた人物が私の反応に少し動きを止めた。

 何をしているのか見ると、彼は私の傷の手当てをしていてくれていた様だ。

 ?何故に?私は死んだんじゃないの?あ、でも、肩が痛いし、生きてるのかな?(痛い云々は夢の話だけど)

 私がそれ以上うめかずにいるのを見て、彼はまた再び作業をしだした。

 うーうー…ありがたいけど、ちょっち痛い〜…。

 あのまま死んでもよかったのに…

 伯言が迎えに来てくれたんだから…あのままでも…。



「伯…げん…」



 怪我していて死に掛けた責か、私の涙腺がかなり緩んでいるようだ。






「はい」








 ……え?








 傍らの青年が答えた。

 考えることを放棄した頭を彼に向ける。

 ああ、ちくしょう。視界がぼやけてる。



「伯言…?」

「はい。…あんまり喋らない方がいいですよ」



 声変わりしても全然低くなった気がしない、陸遜の声。手当てをする手は、暖かくて大きい。

 ああ、陸遜だ。ああ、顔がみたい。

 私の頭は馬鹿みたいに『ああ』ばかりを繰り返す。ああああ、想いが溢れて留まらない。

 私は子供みたいに声をあげて泣いた。



「うわーん、伯言〜」

「ああ、はいはい。やっぱりですね」




 陸遜は私の様子に、くすりと笑った。



「あまり泣かない方がいいですよ。貴方、お腹に矢が貫通してましたから」



 あー…うん。刺さったわ。かなり弓兵ウザかったし。

 傷を見ようとして、ぎょっとした。

 私は鎧はもちろん、服すら着ていなかった。あわわ。下半身に布が掛っているとは言え、若い娘になんてことを。嫁にいけねー。

 ただでさえ少なくなった血を頭に集結させたので、くらくらしだした。

 陸遜が少し困ってる様な気配が伝わる。



「すみません、恥ずかしいだろうな、とか考えてる暇がなかったもので。

 僕が気にしなければ、貴方も気にしないと思ったんですが…昔は裸で水浴びとかしたでしょう?」



 すげー餓鬼の頃にな。


 それにしても…。


 私は陸遜を見る。


 気にしない、か…。


 残念のような、悲しみのような感情が体を支配して、頭にのぼった血がゆっくり降りて行った。



「うん、じゃあ気にしない」



 私はへらりと笑った。

 私の笑顔を受けて、よかった、と彼は笑った。



「ところで」



 そういいながら、笑顔を引っ込めた。



「貴方は何故あの様なとこにいらしたんです?」



 冷ややかな声で私に問う。

 うわ。滅茶苦茶怒ってるっぽーい。

 私は極力平然と



「戦だから」



 と答えた。



「軍人でもない貴方が、出陣する通りはないはずが?」

「軍人でもないとか、関係ないよ。兵力が足りないから民から掻き集めてたんだ。だから私も志願した」

「何故です?貴方はさほど武芸がたっしゃでないはずです」

「酷いなぁ〜伯言〜。私は槍と弓が苦手なだけで、刀はそこそこに扱えるんだよ?」



 君の双剣といい勝負だね、とは言わない。後が怖いから。



「それで死に掛けたら世話ないですね。一人で敵陣に突っ込んで行くなんて」

「え?」



 うそん、私一人だったの?



「武将でも無く大した装備も付けていず貴方にあそこまで単独で行く理由なんてありませんよね」



 しらないやい、そんなこと。私がすねて横を向く。

 陸遜が儒伴を持ってきて、私に私てくれた。

 私はぶーたれながら、ソレを着る。間接がキシキシ言うが、動かせないわけではない。



「まぁ、貴方があんな無茶をやらかしたから、甘寧殿に気に入られたんですが」



 陸遜溜め息一つ。



「かんねい?」

「貴方を見付けた人ですよ。覚えてませんか?」



 あー、鈴の人かな?



「わかる〜」

「僕としては軍に入るなんてやめてもらいたいんですが…甘寧殿と呂蒙殿がそうはいかせないようでして」

「りくそーん!」



 ばたんっ!


 陸遜の声を遮って、やかましい男の声がした。

 腰の鈴がチリチリ鳴る。

 陸遜が少し怒ったように



「甘寧殿はここに怪我人がいることを確かご存じですよね?」

「うわっ!忘れてたっ!それは悪かったな〜」



 陸遜溜め息。

 『甘寧殿』とやらが私に近付いてくる。

 彼のハイテンション振りに、病み上がりの私は付いていけず、ぼーっと見ている。



「いやあ、お前すげぇな。単独で敵陣に突っ込んで将とっちまうなんて、度胸あるな」



 ギャハハ、と笑いながら私の背中を叩く。

 いたっ痛っげふっ



「か、甘寧殿っ相手は怪我人ですよっが血吐いてますっ」



 うはは。『甘寧殿』、いつか殺す。



「おっと、わりい。周軍師がお前の従軍を許してくれたのが嬉しくてさ」

「周都督が許可なされたなら僕は何もいいません」

「お前なんなの?言いたいことがあるなら言えよ」

「いえ、別に(笑顔)」



 お前可愛くないぞ、と甘寧殿が言う。

 陸遜の笑顔に、ゾッとする私。伯言はあんな笑い方をしたのだろうか?



「ええと、『甘寧殿』」



 私は『甘寧殿』の裾を引いた。

 彼が、おうっなんだ、と破顔する。



「私は男らしいか?」

「ははっそりゃおめぇ、並の男よりかっこいいぜ」

「ありがとう。…だそうだ。安心しろ、伯言」



 私の発言に陸遜はにっこり笑う。


 ゾッ



「従軍なさるのでしたら、言葉使いに気を付けてください。…それに死にたがっている方に心配などしませんよ。…失礼」



 礼をして、陸遜は退室した。



「なんだぁ、あいつ」



 『甘寧殿』が頭をガシガシ掻く。









 陸義は陸遜になった。

 それでも、私にとっては伯言は伯言だった。

 大切な幼馴染みに違いなかった。

 けれど…陸遜はここで何に変わったのだろう。

 私にはわからない。

 あはは。ああ、なんだかもう、笑えるな。笑うしかないよ。あはは。ははは。







「おい、大丈夫か?」



 甘寧殿が心配そうに肩を揺らす。
 私は甘寧殿に晴れやかな笑みを向けてあげた。



「大丈夫です。甘寧殿」



 声はしっかりしたが、視界がぼやけてどうしようもなかった。














 陸遜と再会して間もなく、私は陸遜に嫌われた。