決死隊


























 決死隊。



 一番初めに敵陣に乗り込んで行く部隊をそう呼ぶ。

 私は大体(常に?)この隊に編入されている。

 周都督や討逆将軍がそんな事を考えてるとは思いたくないが、所詮は雑兵、捨てゴマだし。

 大体私は「敵陣に一人で突っ込んで行く」と言う前科を評価(?)されて従軍を許されてるわけだから、当然と言えば当然だ。

 さて、今回は小国の鎮圧が目的らしい。あんまり興味ないからよく聞いてなかったけど。

 小さいとは言え、村ではなく仮にも『国』なのだから、戦にしても大変だ。

 でも、小国と言うことだし、全兵力での出兵と言うわけには行かないので、行くのは陸遜を大将とした遠征部隊である。

 寧将軍もいる。

 が、呂将軍はいらっしゃらない。

 馴染みのある将が少ないせいか(私が良く知らないだけとも言うが)隊が薄い気がして、ちらりと不安が走る時がある。

 だから、だろうか。

 こちらまで来る道すがら、仲間内で「この戦は負ける」とか言ってるやつがちらりほらり。

 喧嘩しちゃだめ、と陸遜から言われているから、そんなやつには精神攻撃のみで勘弁してあげた。偉いでしょ?ふふん。





















「おい、陸軍師から伝令だ。決死隊を二つに分けるらしいぞ」



 陸遜の所から走ってきたらしい伝令兵が私に親しげに話しかけてきた。

 顔が見たことないのは、私の記憶力が悪いせいだろう。すまん、誰アンタ。

 っていうか、二つぅ?



「どういうことだ?」



 傍に居た寧将軍が、横から口を出して来た。

 そうだそうだ。

 もう布陣が終わって後は合図を待つだけなのに、今更変更?なんかあったのか?

 見知らぬ伝令兵は、寧将軍に畏まりながら



「実は、誰かは分からないんですが、自軍に密偵がもぐりこんだようで・・・。

 布陣などが相手に筒抜けになっているようなので、突破しながら二つに別れろ、との御指示でした」



 ふーん。

 とりあえずわかったのは、陸遜の腹が今痛んでそうだな、と言うこと。



「寧将軍、どうしますか?」



 こちらの部隊で1番位が高い(?)のは寧将軍だ。



「んー?そうだな…いいじゃん、やれよ」

「は?」

「半分は俺。半分は。おい、お前戻って陸遜に伝えろ」

「はっ」

「ちょ…ちょっと甘寧殿!?」



 寧将軍の言葉に応え、伝令兵モドキは逃げるように走っていった。

 おいっ!ちょっとまてっ!逃げるなっ!

 私を頭に突っ込めって?それは付いてくる仲間が可愛そうだろ。



「ああ?」



 別に機嫌悪いわけじゃない。甘寧殿はいつもこういう返事をする。

 私は焦って、自分でも何を話してるのかよく分からなくなってきていることを自覚している自分は馬鹿だと思った。



「甘寧殿は私より顔が広いだろうっ?この中には私より指揮力にすぐれた人が」

「いーの。この中で俺にそんな話し方するのはお前だけだぜ?」



 にやり。



 口調を直す思考もなし。

 甘寧殿は伝令兵が置いて行った巻物を広げ、別れる場所を指差しながら、



「どこに突っ込むか位選ばせてやるよ。ほれ、さっさと決めな」



 どうなったとしても、生きるか死ぬかは自分の力量次第だ、誰のせいでもない。


 そう甘寧殿が小さく言った。

 そのセリフを聞いて、元の調子が戻って来た。ま、それはそうだね。



「では、私はこう行きますので」

「おう、じゃ、俺はこうなるわけだな?」



 人数合わせなどの打ち合わせもして、私たちは配置に付いた。

 心臓がばくばく言っている。どうしたんだ?柄にもなく緊張してるのだろうか?

 軽く深呼吸。そして、目を閉じる。

 無心。考えるのは、目の前の敵の殲滅のみ。

 遠くから、笛と銅鑼の音が聞こえる。

 戦の始まりの音。

 目を開く。



「いくぜぇぇええぇぇええ!!!!」



 寧将軍の鼓舞する声。びりびりと腹の底にまで響く。



「私に続けっ!!!!」



 私も負けじと声を出し、寧将軍の隣りに並び、駆け始めた。

 獲物は既に抜刀している。

 私は命を賭けるから、私に殺される人も自分の命をかけて戦ってね。






















 寧将軍と別れ、私たちは左の門から場内へ侵入した。

 ・・・・静かな場内。罠?何故?

 警戒しながら進む。

 不意に、わき腹が痛んだ。矢傷受けたとこ?

 思わず止めた足の前を、矢が過ぎる。うおっ。

 どうやらこの先、弓兵出没地帯のようですな。

 ふぅ。私は、呼吸を整える。

 いち、にの、さん、おらよっ。

 ばっと飛び出て、弓兵の気配のある方へ駆ける。直線は怖いので、ジグザグしながら。

 捉えた!私は弓兵を蹴散らす。

 それを合図にしたように、物影に隠れていた敵兵が姿を現し出した。

 私の仲間も突っ込んで来る。

 しばし乱戦になり、私が敵の数の少なさに不審を抱いていると、


 ひゅ〜・・・・


 遠くで、笛のような音がした。・・・なんだ?


 ぱちぱちぱち・・・


 拍手?いや、ちがう。これは・・・・・!



「火だ!」



 誰かが叫んだ!

 振り向くと、私たちの来た方、退路もしくは味方のが来るはずの道を、炎が嘗め尽くそうとしていた。

 ・・・・・・火計!?

 力のない呉がよく使う手である。ちなみに陸遜のお気に入りの戦術の一つ。

 隊に同様が走る。皆、本陣が自分たちを見捨てたと思ってるのだ。

 ざわっ!

 全身が総毛だつ。敵の殺気がいきなり増えた!

 私は思わず歯軋りした。そうか、敵の狙いはこれだ。この動揺を突いて、こちらを食らい尽くそうと言うわけだな。

 ははん。やるじゃん。でも、食われるわけにはいかないんだな。





「火がまだ浅いうちに本陣へ戻りこの事を陸軍師に報告せよ!

 こちらの道は使えない、と!」




 つまり、逃げろと言ってるの。わかってくれるかな?

 どうやら分かってくれたようで、すたこらと逃げる奴ら。数名が私の名を呼ぶ。




「私は敵がそちらへ行かぬよう、ここに留まる!早く行け!」



 陸遜の足手まといなんか御免だから。まぁ、まかしとけ。こっちの敵はそちらへは行かせないよ、伯言。

 気配からして、分からず屋どもが数名残ったようだ。

 まぁ、頑張れよ。援護なんかしないからね。

 冷たく思い捨て、後ろから輝く炎に照らされ、明るい場内にちらつく殺気の主共を、私は睨んだ。




「ここから先を通りたくば、このを倒してからいくがよい!!!!!」



 有りっ丈の怒気を込めて、私は怒鳴った。























「・・・・ん?」


 粗方片付けた甘寧は、きな臭い匂いに足を止めた。

 指を舐めて、舐めた指を大気に翳す。

 こちらは風下。匂いの元は風上。・・・・風上!



「燃えてるのは、が向かった方か!?」



 甘寧は舌打ちをする。



「おい!お前らのうち誰か!風上の方に向かった軍が火責めに遭ってることを伝えに行け!」



 返事を待たずに、甘寧は奥の敵へ斬りかかる。

 彼はここを任されている。勝手に放り出せば、部下の、ひいては隊の命運をつぶす事になるかもしれない。

 甘寧は、にあちらを選ばせたことを後悔した。



























 死ぬかな?

 最後に見た伯言どんなのだっけ?

 ああ、馬に乗ってたな。

 赤い軍師の正装、似合ってたな。

 今日、会話したっけ?してないなぁー。もし、これで最後なら、したかったな。




















 あつっ・・・

 刀を休まず振り続け、周囲の気配が無くなって来た。敵味方含めて。

 逃げたのかな?それとも、全部死んだのかな?

 熱い・・・・暑い・・・

 煙を吸い込んでしまって、少し咳き込む。

 この辺は全部倒したのかな・・・?もう少し奥へ・・・・・



 あ。



 奥への通路に火が回ってら。

 やべぇ、こりゃ、逃げなきゃ。この部屋へ敵が侵入できないなら、ここに私がいる必要ないし。

 侵入デキナイナラ逃ゲレナインジャナイ?ふはは。それもそうだ。

 煙を吸い込む。ごふっ。あー、この煙吸い込むとヤバイ。頭くらくらする。



「・・・!」



 うぁ・・・?呼んだ・・・?



!いますか?!」



 あ・・・・?陸遜の声に聞こえるょ?



「はく・・・げふっごふっ・・・」



 声を出そうとして、咳に邪魔をされた。

 と、同時に激しい眩暈に襲われ、がくりと膝を着く。

 おーい、しっかりしろよ、自分。立たなきゃ逃げれないじゃない。



!!」



 間近で陸遜の声がした。

 そちらを見ると、煤で汚れた顔をした、陸遜が炎に照らされて立っていた。

 照らされてる割には、顔色が悪いけど。

 私は彼に微笑んだ。



「伯言って炎似合うー・・・」

「わけの分からないことを言ってないで、立ってください!逃げますよ!」

「ぅー・・・無理〜・・・目の前くらくら〜・・・」

「なんで貴方は私の前だとそう言う子供のような態度になるんですか!緊急事態くらいシャンとしてください!」



 うおっと、死に掛けてるってのに、説教されちまったい。

 私は刀を杖代わりにして何とか立つ。が、へたり。立てねー。いや、まじで。

 そんな私をみて、陸遜が眉をしかめる。



「伯言逃げてよ。私は荷物になるみたいだから」

「だまれ!死ぬなんてことは俺が許さない!」



 『だまれ』?『俺』?命令口調?

 突然の変貌に私がぼや〜としていると『陸義』が私を担ぎ上げた。

 ひょいっと。軽いものでも扱うように。

 うわぁ・・・・

 心の臓が早鐘のように鳴る。

 不謹慎に、伯言にこの音が伝わったら恥ずかしいな、と思いながら、もっと恥ずかしい担ぎ方をされて、私は『陸義』に救出された。


















 後日聞いた話では、この火計はもともと予定していたものだったらしい。

 火計の云々は、密偵(どうやら私が誰だかわからなかった伝令兵だったようだ)によって、各部隊へ伝わらずに、火責め地点に私らが紛れ込む羽目になったのだ。

 私は多少やけどを負ったが、まぁ、長時間日向で肌を焼いてました、と思えばきっと痛くない。・・・・はず。

 私以外に焼けどを負ったのはいない。あの場に残ったのは、皆死んだからだ。

 助けに来た伯言は、水を被っていたらしく、なんとも無さそうな顔をしていた。

 部屋の隅で、イタイイタイ泣いてたら可愛いな。いや、可愛くないね。うん。














 伯言の中には、まだ『陸義』が居た。




 そんでもって、私は『陸義』が大好きだったことを思い出した。