戦乙女

























 呼び声に、私は軽く片手を上げた。歩くたびに鎧が鳴る。



「ああ、やっぱりだ。なんだその格好は」



 生き残った幼馴染の一人、宇誼鴻が話しかけてきた。

 私は平然と、



「だって戦だろ?」

「言ってる意味わかんねぇよ。お前とこに召集なんて掛かってないだろ?女しかいないんだから」

「うん。きてないよ」

「じゃあ、なんでお前ここにいるんだ?」

「戦だから」



 そう言って、私は、腰に佩いた刀を抜く。



「どうせ負けたら、この前と違って逃げ場なしだし。女として慰み者にされるくらいなら、戦場で男として散ったほうがマシ」

「慰み物って・・・お前な・・・」



 初な友人は、私の言葉に顔を赤くした。

 私は、アハッとわざとらしく笑ってやった。



「・・・親にはなんていってきたんだよ」

「ちょっとそこまで♪って」

「その格好で?」

「この格好で」



 何か文句ある?

 誼鴻はため息を一つ。



「じゃあ、戦に出ることを承知させたわけなんだ」

「止めても無駄だと悟らせたとも言う」



 私は、彼の暗い雰囲気を快活に笑い飛ばしてやった。



「この格好してたら、結構女だと分からないだろ?」

「ああ、お前とは長の付き合いだが、一瞬声を掛けるか躊躇ったぞ」

「よしっ」



 ガッツポーズをしたら、周囲の空気が変わった。

 笛が鳴る。銅鑼がなる。

 戦の開始。



「始まるな」

「ああ」

「言っておくけど、私を援護しようと思うなよ」

「・・・そんな余裕ねぇよ」

「私もない。お互い様だ」



 お互い見詰め合ってニカッと笑いあった。

 昔の餓鬼の頃のような感じに。ああ、懐かしい。帰れるものなら帰りたい。

 遠くから、騎馬隊の走る音。死神の迫る音。

 いいよ。来なよ。討ち取れるものなら、討ち取るがいいさ。



「死ぬなよ」

「お前もな」



 そう言って、私たちは分かれて走り出した。

 相手は蜀。こっちは雑兵の塊。ははん。どうよ。頑張るしかねぇだろ。

 意識が澄んで、自分の呼吸しか聞こえなくなる。

 目の前の敵の殲滅。それのみ考える。


















 斬って斬って斬って斬って斬って斬って・・・・

 血臭。血溜り。臓物。怒号。悲鳴。返り血。斬撃。疾走。死体。死体。死体。死体。

 ははん。まだ生きてるよ。うん。周りは死んでく、私は生きる。自己主義?最高じゃん。

 剣を振り回す。休むまもなく振るい続ける。止めたら敗北。

 周囲に居るのが、同じ雑兵なのが幸い。武将さん、来ないで。っていうか、もうさっさと帰って。

 とか考えてると、馬の走る音が近づいてきた。

 ああ、なんか名乗ってるよ。やべぇ。結構大物?死にたくないなぁ。ってか私武将じゃないよ?

 馬上から槍が繰り出される。

 受け止め交わし、それの繰り返し。

 小型の刀を取り出し、私は馬の足めがけて投げる。


 命中!


 馬は倒れる。が、武将は、馬が倒れる前に馬上で跳ねて、地に降り立った。

 くっそー、素直に馬と一緒に倒れろよー。可愛くないなー。

 敵将が私に向かって、突進してくる。

 周囲に仲間居たっけ?敵はいるよね。ああ、もう、わからん。

 私は敵将に突っ込んで行く。相手の獲物は、近距離戦には向かない。懐を取ったら、勝ち。

 敵の攻撃を防ぐ。防ぐが、一撃一撃が重い。さすが武将。

 情けないが、やっぱり女の私には、力で相手を打ち負かすことは難しいみたい。

 だから、小手先の勝負。

 敵の突きを防ぐついでに、渾身の力を込めて跳ね上げた。


成功!


 敵の胸元に一瞬隙ができる。

 私は奇声をあげて斬りかかる!

 鈍い手ごたえが伝わってくる。取った!

 相手の動きが止まるのが分かる。返す刀でもう一度斬りつけて、素早く離れる。



「敵将!討ち取ったり!」



 私の怒号が響く。いや、喉が引き攣って上手に発音できてない。

 まぁ、いいじゃん。

 別の敵に斬りかかる私。

 同時に体を襲う脱力感。

 ああ、血が足りない。肉食わないと、死んじゃうよー。いや、さすがにここじゃ食べれないけどね〜。

 足も思うように動かない。

 腹に灼熱の痛み。

 弓兵うざい。

 あーあー、どうしよう、なんだか視界もぼんやり加減?

 でも、確実に敵を屠って行く私の刀。

 体中痛いのかなー?もう全体が痒いくらいにジンジンしてて、どこが致命傷をうけてるのか分からない。

 周囲に敵が少なくなるに連れて、私の生命の炎も消えかけていく。


 どっ。


 倒れる音がしたな、と考える。それが自分の体が出した音と理解するのに、少し。




 あー・・・・




 眠くなってきた・・・・?




 駄目だよ〜寝ちゃ〜・・・死んじゃうよ〜・・・?




 何処かで伝令兵が何かを叫んでる。




 援軍・・・?遅いよ・・・呉軍・・・?ああ・・・敵が蜀だから・・・?




 私には関係ない・・・か・・・




 ぼやっとした意識に、陸遜の顔が浮かぶ。




 子供の頃の、陸義だった頃の顔が笑ってる。




 だらしないぞ、、って笑ってる。





「はくげん・・・」





 呟いてみたけど、唇が動いただけなのか、もう耳が機能してないのか、何も聞こえなかった。

 何処にも届かない。

 私は、唯の屍になる?




「りく・・・そん・・・」



 涙が流れた。

 怖いよ。陸遜。

 はだらしないよ。助けに来てよ、親分。



 私は、意識を手放した。