陸家の滅亡



















 孫軍が攻めてくるらしい。

 そう、陸遜が言った。

 ふーん、そー。大変だねー。

 私はかなり人事だ。

 周りの子達は、青ざめてざわついているってのに。



「しかし、人手が足りないのです。誰か私に付いてきてくれませんか?」



 陸遜が感情を込めずに淡々と言った。

 その淡々とした様子が、反って彼独特の気迫を生んでいる気がする。

 『です』とか『せんか?』とか『淡々としてる』とか、およそ昔の陸遜からかけ離れてるなぁ。

 緊急事態にも関わらず、ぼんやりそんなことを考える。

 陸遜は昔、この辺一体の餓鬼大将だった。

 運動能力半端じゃないし、頭もいいし、積極的だし、好奇心旺盛で、どこまでも一人で行ってしまう。そんな奴だった。

 陸家の坊ちゃんの割りに、やたら無茶して、弟を溺れ死に掛けさせた事もあった。

 それで、名前を『義』から『遜』に変えさせられた。『遜』とは『ひかえめ』という意味らしい。

 『遜』になってから、陸遜は本当に『ひかえめ』系になってしまった。

 あんま最近遊んでないしねー。

 昔は「戦ごっこ」とか良くしたのにサー。

 って、まぁ、私が女性だからもあるだろうしね。子供じゃないから、男と遊べないのは。



「はーい」



 私は気の抜けた声で、陸遜に見えるように、手を上げてひらひらと振った。

 私の行動に周囲がざわつく。

 そりゃそうだろ。だって私、女だし。

 陸遜が、苦笑いをする。苦笑いしてるよ、似合わねー。



・・・私の話を聴いてましたか?」

「うん」

「・・・じゃあ、何故手をあげるんです?」 



 あー、まぁ、だめなんだろうなー。この状態じゃあ、なに言っても駄目だわ。『ひかえめ』系になっても、頑固なところは変わらない。

 ちょっと嬉しい。彼の昔が残ってると、嬉しい。

 ついつい顔がにやけてしまう。おっとっと。いかんいかん。



「伯言の幼馴染だから」



 言ってみたが、言いながらしっくりこないものを感じた。なんじゃろ?あまりにもセリフが臭過ぎたか、自分。



「女性を戦場に置くわけには行きません」

「こらこらこら。酷いよ、伯言。男女差別はんたーい」

「あなた方女性は、村の人を逃がすことを第一と考えてください」



 あなた方?あなた方っていいましたわね、このやろう。話してんのは私なのに、一括りにまとめやがりましたわね?

 って言うか、逃がすって時点で問題発覚。勝てないことよくよくご承知なのね。

 まぁ、だから、皆青ざめてるんだろうけど。

 押し黙った私を無視し、陸遜は話を続けた。

 幾人か、志願し、陸遜と行く者や後方を援護する者などを決め始めた。

 もうすでに、私は蚊帳の外。

 ああ、そう、いいんだ。分かってたし。その他大勢?結構結構コケコッコー。

 私は、皆に気づかれないように、会議の中から抜け出した。

 うん、大丈夫。その他大勢?最高じゃない。

 夜道を走った。風が冷たい。月が明るい。明日は晴れね。

 ああ、うん、よしよし。その他大勢?いいんじゃない?










 そして、戦が始まり・・・


 陸遜は帰って来なかった。

 陸家は、孫家に滅ぼされた。

 所詮は戦乱の世。諸行無常。食っては食われる下克上。

 ああ、うん、大丈夫。もういいんだ。もういいんだ。

 陸遜は帰って来なかった。

 陸遜は帰って来なかった。

 陸遜は・・・・帰ってこなかったんだ。