すれちがい平和























ばん!



「伯言!」



 私の来訪に、陸遜は読んでいた書簡から顔を上げ、きょとんとこちらを見ていた。



「どうしました?

「どうしました?じゃぬぁーい!!!」



 私のご立腹な様子に、それでも陸遜が疑問顔。



「郁様と婚約してるって本当!?」



 私が机を叩きながら語尾を荒げると、陸遜が眉を潜めた。

 ため息を吐き、席を立って、私が開けっ放した扉を閉めに行く。



「誰に聞いたんでですか?」

「寧将軍」

「・・・甘寧殿ですか」



 扉を閉めていために、陸遜の顔は見えないが、あからさまに舌打ちをした音が聞こえた。

 なんだその不機嫌全快は!!!



「寧将軍以外も皆知ってたみたいね」

「・・・ええ、そうですね」



 腕を組んで、わざと嫌みったらしく彼に言うと、陸遜はため息を吐きながら肯定を返した。



「いつから」

「何がです?」

「いつから婚約してたの」

「・・・・いつからだって構わないでしょう」

「構うよ!」



 陸遜は、面倒くさそうな顔をして私をあしらった。

 こら!ちゃんと答えろ!



「なんで私だけのけ者にしてるの!?口止めしてたでしょう!なんで!!」



 そう、陸遜と郁様の御婚約の事実は、何故か私にだけ伏せられていた。

 郁様とのお散歩中に、甘寧殿がうっかり口を滑らさなければ、今でも知らないところだ。

 陸遜は、うるさいですね、と眉間に皺を寄せてため息を吐いた。



「そう騒ぎ立てると思って、には言わないようにしてたんです」

「内緒にされなければ、こんなに騒いでなかったよ!」

「そうですか」



 陸遜は私の方も見ずに、気の無さそうな返事をして、机に座した。



「公務の邪魔です。用事がそれだけなら、お引取り願います」

「!」



 ムカプー!!!!

 私は机の上に乗ってる書簡を全部叩き落してやった。



「・・・・・・・・・・・・

「伯言のばーか!」



 私はダッシュで逃げ出した。
























「で、なんでオレのトコに逃げてくんだよ」



 甘寧殿の言葉に、可愛らしく「エヘ☆」なんぞと言ってみたが、可愛くねぇ、と小突かれてしまった。



「色々、聞き忘れたことがあるなーって思いまして」

「あ?あー、もうオレしゃべんねーぞ?これ以上バラしたって分かったら、アイツにどんな目に合わされるか・・・」

「えー、そんなー」



 顔をしかめる甘寧殿の顔を見て、私は心底がっかりした。

 甘寧殿の他に口を滑らしてくれそうな人が、思いつかなかったからだ。

 はぁー・・・と私がため息を吐くと、甘寧殿がポンポンと頭を叩いてくれた。



「そんなに気にすんなよ。陸遜が誰娶ったって、陸遜だろが」

「・・・そりゃあ、そうですけどー・・・・」



 甘寧殿の言うことも、もっともであるが、そうと分かっていても、心の底がもやもやと酷く落ち着かない。



「なんで郁様なんだろ・・・」



 呟いた言葉に、ん?と甘寧殿が反応してくる。



「確かに郁様は可愛らしいけど、あれは幼児期特有の可愛さであって、なんていうか、母性本能くすぐるって言うかー。

 まだ少女って域にも達してないのに、どんな要素を見いだしたんだろ・・・」



 ぶつぶつ愚痴のように言う私の言葉に、寧将軍が爆笑した。

 な!



「なんで笑うんですか!」



 ぷーっと頬を膨らまして、抗議すると、なんでもねーよ、とあしらわれた。笑いながら。



「ったく、陸遜もおめーも、いい年して青臭ぇーんだからよ。」



 確かに、陸遜はもう、妻の一人や二人居なきゃおかしい年齢だし、私にしたって、もう既に行き遅れに相当する。

 いい年、は分かるとしても、何が青臭いのか分からない。



「なんでですかー」

「恋愛に綺麗なとこばかり求めてるところが、だよ」



 ・・・・・恋愛?



「え?」



 思わず全身に汗を掻く私。

 何が恋愛?誰と恋愛?誰が恋愛?



「おい、どうした?顔色悪いぞ。」



 怪訝そうに寧将軍が聞いてくる。

 悪くもなりますわ。なにを言い出すのかこの水賊は。



「あ、殿。大喬様が・・・あ、お話中失礼しました!」



 突然やってきた、兵に私は呼ばれ、彼は、カタカタしてる私と、楽しそうに笑っている寧将軍を見て、何故か必要以上にかしこまって、拱手礼をした。

 あははー、んな気にすんなよ。私は寧将軍と違って、雑魚兵なんだからさー。



「いいえー。大喬様がいかがなさいました?」

「は。殿をお呼びとのことです」

「わかりました。すぐに伺います。・・・・では、寧将軍、御前失礼します」

「おう。恋敵だからって、お姫様を床に叩きつけたりするなよー」

「・・・だれが恋敵だってぇー!!!」



 激昂する私に、カラカラと甘寧殿が笑った。

 ちくしょう。なんであんなに楽しそうなんだ。





















こんこん



「大喬様。です」

「はい。お入りください」

「失礼します」



 あまり音を立てないように、扉を開けて入る。赤ん坊は些細な物音でも、機嫌を損ねることがあるからだ。

 拱手礼をし、笑顔で顔をあげると、そこには



「げ」

「げ、とはなんです。



 大喬様と、机越しに向かい合って、陸伯言が居た。

 郁様を抱いて。



「なんでもございません、陸東曹令史」



 引き攣った笑顔だと十分理解しているが、今の私にこれ以上の笑顔は造れそうもない。

 なんでいるの!あの書簡の束はどうした軍師!?

 あの人おかしいですねー、と笑顔で赤子に話しかける軍師。

 コ ロ ス。



「あ、あの、さん。」

「は、はい」



 不穏な空気を感じ取ったのか、大喬様が、おずおずと私に話しかけてきた。



「今日、郁と一緒に、町に行こうと思って。それで、その」

「護衛、ですか」

「そう。・・・だめかしら?」

「いいえ、とんでもございません。喜んで承ります」



 良かった、とふわりと笑う大喬様は、とても一児の母とは思えぬ可愛らしさがあった。

 その笑顔を見ながら、あー郁ちゃんも将来こんな顔になるのかなー、などとぼんやり考えて。



「おーい、大喬。仕度出来たか」



 唐突に、許可もなく入ってきたのは、我らが殿、孫伯符様だった。

 そういや、郁ちゃんにはこの人に遺伝子も・・・って。



「と、殿もいかれるんですか!?」

「お、よお、。久しぶりだなー」



 久しぶりだなー、じゃありませんよっ。

 思わず叫んでから、無礼だと気づき慌てて、喉頭する私。

 いーから顔あげろよ、と殿の困ったような声がした。言葉に甘えて、私は元の体勢に戻る。

 私一人で、殿と大喬様と郁様の護衛!!??

 私そんなに腕立ちませんよっ!!??



。どうしました?」

「あーばぁー」



 陸遜と郁様が、同時に私の顔を覗き込んできた。

 まさか・・・。



「は・・東曹令史も行かれるんですか?」

「はい」



 行くのかよっ!!!??

 私何人護衛すればいいのよっ!!??



「私も、護衛としてお供するつもりですよ」



 そう言って、笑う伯言。

 いや、だから、位的に、アンタ護衛される立場だから。護衛する方じゃないから。

 ど、どうしよ。



「あ、あの、そうだ、寧将軍にもご同行願えば」

「甘寧殿は、今頃、きっと体調を崩してますから無理でしょう」



 私のセリフを遮って、陸遜が怖いことを笑顔でいった。

 今頃?きっと?いますから?・・・・アンタ、甘寧殿に何をしたんだ。

 私が陸遜の笑顔に青ざめていると、そういうわけでいくずぇー!と殿が張り切った声をだした。

 何がどういうわけなんですか、孫策様。

 横で、やたら嬉しそうな笑顔で私を見てる陸遜に、あかんべーをして、私は用意してきます、と退室した。
























、何かほしいものありますか?」

「ん?んー・・・あ、あれキレイ」

「へー。も意外と、女性らしいものが好みなんですねー」

「・・・・ナニソレ。ドユイミ?」

「そのまま以外、他に意味ありますか?」

「キーっ!何さわやかな笑顔で言ってんのよっ!郁様ー、こんな夫で大変ですねー」

「あぶぅ」

、郁様に、俗知識を教えないでください」

「まだ何も言って無いじゃん!」
























 孫策様と大喬様の笑い声や、陸遜のからかい声、郁様の泣き声、町の活気、人々の声。

 戦続きの日々の中で、少し得られた平和でした。