なんでどうして本物!?まさかずっとついてきてたのって仁王くん!?
私が声を出せずにいると、敵のコートから野次が飛んできた。
「ペテン師が二人?やっぱり騙してたんだな!」
バレたか…と覚悟を決めると、
「わしが本物か偽物か、お前さんにわかるかのう」
と、仁王くんが言った。
庇ってくれた……?
仁王くんはそのままスタスタ近いてきた。
私は仁王くんの心遣いを無にしないように注意しながら、
「よう、わし。何のようじゃ」
「手伝うぜよ。本人のよしみじゃきに」
そう、まるで千年来の友人のように優しい顔をして笑った。
うわ!?こんな顔するんだ!意外すぎる!
仁王くんは私に近づくと、耳元でこっそり、
「お前さん、足捻っとるんじゃろ」
「……多分」
「わしの癖に鈍くさいの。…わしが蹴散らしてやるけ、お前さんはサーブ頼むな。それくらい打てるじゃろ」
近い近い近い!!顔近い!!
仁王くんに言葉なく頷くと、彼は満足してようやく離れて行ってくれた。
あー…自分が出るとこだった…。
「おい、お前!俺はまだ認めてないぞ」
相手の非難に、仁王くんが鼻で笑う。
「吠えるな負け犬。…わしらは気が短いんじゃ。さっさと終わらせるぞ。なあ、わし?」
「ああ」
そうやの、と続けながら、私はサーブを打った。
足を庇いつつなので、大した威力は出なかったが、相手の陣に届いたのでよし!
そんな感じで後の二ゲームも私がサービスを務めたが、仁王くんが速攻で決めてくれたので長引かずに済んだ。
試合は見たことあったけど、一緒にコートに立つとさらに彼の実力を実感する。
強い。
すごい。
てかダーティートリックで打った玉見えないし。
最後には茶色頭の顔面にボールをぶつけて、ゲームセット。
圧倒的な強さに状況を忘れそうになったけど、とにかく勝った!
そして元カレとやらは顔を押さえて地面をごろごろ転がっている。相当痛かったらしい。そりゃそうよね。
しかし、これが逃げるチャンス!
相手が悶絶している間に、愛子を連れてダッシュで逃げた。
足が痛いのとか気にしてられん!
走りながら、彼女が間延びしたような声で不満を言い始めた。
コートはまだ少し見えるが、もう大分離れた。公園内もそろそろ終点。
「ちょっとーなんで本物がきちゃってるのよー」
「知・る・か!二年間見つかることなかったんだから、今回は限りなく運が悪かったとしか言いようがない!」
「そんじゃ、わしは随分と運がよかったと言うこっちゃのう」
!!
楽しげな声に凍り付いた。
なんで追ってきてるの!?やっぱり怒ってるの!?
…そりゃそうだよね…怒るよね普通…。
「い、いや、これはその…」
「…なんじゃ、お前さん女子か?」
思わず出た地声に、仁王くんが目を見張る。
うまいこと化けたもんじゃのーと感心する仁王くんからじりじり離れると、仁王くんが私の腕をつかんだ!
ぎょっ!?
助けを求めて横を見ると、愛子はすでに逃げ出していた!
「おー、相方は豆粒になったのぅ」
のほほんと、手で日を遮りながら遠くを見渡す仁王くんは、決して私の手を離さない。
「あ、あのー…」
「なんじゃ」
「お怒りはごもっともだと思いますが、今日はこの辺でご勘弁を…」
「別に怒っとらんよ」
口調は優しかった。
いつも試合で見かける、チンピラの様な仁王君なんかじゃなくて、少しどうしていいかわからない。逃げられない。
「足、痛いんじゃろ」
「・・・痛いことは痛いですけど、歩けますから大丈夫です」
「お前さん、なんで敬語なんぞ使っとるん。さっきまでと同じでかまわんぜよ。同学年やしの」
え!?
なんで私が同学年って知ってるの!?
「とはいえ、冷却スプレーも何も持って来なかったからのぅ…」
「だから、大丈夫ですって」
「わしをそんなまま返す訳にはいかん。…負ぶさっしゃい」
「は?」
「学校に戻るきに」
「…私は戻らなくても」
「じゃあ、お姫様抱っこじゃ!」
「それもいやです!」
「わがままやのう。罰ゲームだと思っときんしゃい」
「きゃっ」
足払いを掛けられたかと思うと、ひょいと抱えあげられる。
すると、仁王君は眉を顰めて、こともあろうに言い放つ。
「お前さん、ちと重いのう」
「ふざけ…っ!!ぶっ殺すよ!!」
「おーおー、その意気じゃ。わしの姿で女々しい顔されても変な気分じゃし」
どんなに暴れても離さない仁王くんの腕が、痛くて熱くて、心臓がどうしようもなくて。
しばらくして暴れるのを止めた私を、仁王くんは楽しそうに学校に運んだ。
ちくしょうこの白髪ペテン師が!商店街なぞ通りやがって嫌がらせかよ!!
なんて心の中で悪態をつきながら、学校に着くと、仁王くんは私を下ろした。
抜け掛けた腰を奮い立たせ、足を踏ん張って立つ。
ぐおっ!足痛いの忘れてた!
「わしの顔で百面相かい、忙しいのう」
「…すみません…顔直してきます…」
「ああ、ええよ、もうしばらくそのままの方が面白いしの」
「玩具にしてもらって何よりです…」
「卑屈になりなさんな。これでも誉めとるんよ?」
…どうだか。
「部室まで取りに行ってくるから、ちょっと待ってな」
「え、あ、だから大丈…」
…って、もう豆粒になっとる!
足早!
ぽつんと残された私は、呼びかけようと上げかけた手を所在なく降ろした。
どうしようかな…。
校門によりかかって考える。
このままバックれようかな…。
しかし…仁王くんと話したのがこれが最初なんてあり得なさすぎる!
御伽噺を夢見てたわけじゃないけど、なんかもうちょっと、こう…消しゴム貸せよ、みたいな…。(なにそれ…)
まあそんな夢、今年同じクラスになれなかった時点で諦めたけどね…。
キラキラと眩しい西日を手の平で覆い隠しながら、ため息を一つ吐いた。
ちょっと日陰まで移動しよう。
テニスコートの方に行けばいいよね。
…あー…やっぱり逃げようかな…。
日陰に向かってテコテコ歩いていると、テニスコートから黄色い声が聞こえてくる。
今日は打ち合いの日だっけ?
時々、発生練習の時に見るくらいで、テニス部の練習って見たこと無いなぁ。
黄色い声は時々聞こえてたけども。
校舎の陰に座りながら、ぼんやりコートの方を見てると、コートの中からクルクルした黒髪の男の子がこっちをじぃっと見てるのに気付いた。
・・・なんだあ?
ユニフォームを着てるとこ見ると、レギュラーなんだよな?
えーっと、黒髪なんて真田くんと柳くん以外に・・・ああ、二年の赤也くんかな?
「仁王先輩、なにしてるんスか?」
人懐っこい笑顔でこちらに駆け寄ってくる。
あ、あれ?
赤目の悪魔の赤也くんだよね・・・試合の時と随分印象が違うな・・・。
って言うか、私が仁王くんじゃないって気づいてない?
まあ、この格好じゃ遠くからだと間違えるかもしれないけど。
「さあて、なんじゃろな」
仁王くんの行動を考えて適当にはぐらかすと、赤也くんがチラチラテニスコートを伺いながら、囁いてくる。
ちょっ、近、近いっ!
「こっちじゃなくて、向こう回って部室行った方がいいっスよ。もう真田副部長がカンカンで、このまま進んだらビンタ間違いなし!」
ビンタ!?
テニス部って、そんなスパルタだったんだ!?
赤也くんの言葉に苦笑いしていると、彼の背後から陰が差し、赤也くんの背後に誰かがきたのがわかった。
誰?私からは逆光になって顔が見えない。
「ほう、なんの話をしている?」
「ふ、副部長!?」
赤也くんが声を上げて慌てて立ち上がった。
私もつられて立ち上がる。
真田くんが、目の前で怖い顔をして立っている。
そりゃ、顔はいつも怖いけどさ。
「仁王、お前どこに行っていた」
仁王くん、部活サボってついてきたんだ。
と言うか、仁王くんどこに行ったの?確かに、こっちに行ったと思ったのに。
「……ちょっと、野暮用での」
声色を変えて話してみても、真田くんが気付く気配はなかった。
相当頭に血が上ってるなコレは。真田くん真面目だしなぁ。
ビンタ?ビンタ来る?
…まあ、公園で助けられたし、今逃げられても、明日仁王くんが怒られるかも知れないし。代わりにビンタ受けときますか。
あー、今日痛いことばっかり。
「たるんどる!」
真田くんの愛の鞭が振り上げられる。
私は目を閉じて、歯を食いしばった。
パシッ!
叩くと言うより、掴むような音がした。
一向に頬に痛みが走らず、不思議に思い、私は恐る恐る目を開けた。
「!」
真田くんの振りあげた手を、仁王くんが握って止めていた。
肩の起伏が激しく、どうやら走ってきてくれたらしい。
「仁王?どちらが仁王で柳生だ?」
真田くんが、目を見張って手を下ろす。
「柳生先輩ならコートにいるっスよ、副部長」
赤也くんが、コートを指しながら口を挟んだ。
「間に合って良かったぜよ」
仁王くんが、息を切らしながら、真田くんに振り払われた手で私の頭を撫でる。
カ、カツラがグシャグシャになる!?
慌てて止めさせようと手を伸ばせば、ポスンッ!と言う音と共に、仁王くんが手をどかした。
途端に頭が涼しくなる。
視界に銀髪が写り、それが仁王くんの手とともに私から遠ざかる。
ズラ、取られた!
赤也くんと真田くんがぎょっとして、事の成り行きを見ていた。
唖然と仁王くんを見る私に、彼はニコっと笑い、
「柳生ではないよ真田。殴らんといて良かったのう」
そう、ズラで遊びながら飄々と言った。
「誰なんスか、コイツ!?」
「ふむ、見事な化け具合だが…一体どういうつもりだ、仁王」
「なにがじゃ真田」
「柳生でもなく、部員でもない者に変装などさせてどうする」
「それはそれ、これはこれ、じゃ。まあいろいろ事情があっての」
真田くんと仁王くんがそんなやり取りしている中、赤也くんは私の周りをうろうろしながら「そういや身長仁王先輩より小さいしな」とつぶやいている。
私は、恥ずかしくてうつむいて、カツラをかぶっていたせいでグシャグシャになっていた髪を手櫛で直した。
私が誰と言うことはわかってない。それが救いだ。
まあ人数の多い立海だ、同じクラスにでもならないと知り合う機会は限りなく低い。
けど、なんか。
私は気取られないように、じりじりと後ろに下がった。
涙が出てくる。
恥ずかしい。恥ずかしい。意味わかんない私。なにやってるの。
振り返って駆け出そうとした時、いきなり手を捕まれた。
顔を上げることが出来ないから、腕を動かして抵抗する。
「待ちんしゃい。足冷やしたるよってに、どこいくんじゃ」
「…いいです…大丈夫ですから…」
声が震えないように気をつけながら、話したけれど、結局わかってしまったみたいで、仁王くんの私を掴む手が緩くなった。
緩くなったにも関わらず、私は振り払うことが出来なかった。
仁王くんが私の手にリレーのバトンのように物を渡す。
渡された物は、バトンより太くて短い。
「…やる。冷やして、帰ったら湿布貼っとき…」
そう言って仁王くんは手を離した。
熱が背中から遠ざかっていく。仁王くんが離れていくのがわかった。
渡された冷却スプレーを胸に抱える。
涙と一緒に震えるため息を吐き、今更ながらにズキズキと痛みだした足にイライラしながら、メイクを落としに部室向かった。
背後で真田くんのビンタの音が、パァン!と景気良く響いたのを聞いた。
← →
|