言えるはずがないだろ、そんなこと




















 カチカチと携帯を弄る。


『ごめん』


 と、メールを書いてみたけど、何かが邪魔をして送信ボタンが押せない。

 あの日、一時間目をサボって喧嘩してから3日。仁王からメールも電話も来ない。

 当日は私も色んな意味で冷静じゃなく、メールも電話もしなかった。なんか癪だったし。

 次の日になって、冷静に思い返してみて、仁王も悪かったが私も悪かったと、とりあえず大人になって私が折れるのも良いか、と結論を出し、メールを打ってみるも…送信ボタンが押せない。

 電話番号を呼び出してみるも…通話ボタンが押せない。

 癪だから、と言うより非常に気まずいのだ。謝罪が。

 結局私も仁王を避けるように過ごし、その日も柳を待たず早々に帰った。

 そして、今日。



「そんなに唸っていると牛になるぞ」



 横から楽しそうな声が掛かる。

 声の主は言わずと知れた隣の席のマスダ…じゃなく、テニス部参謀柳蓮二15才。

 今日も眉目秀麗な顔を澄まし、相変わらず開いているかよく分からない目を私に向けている。



「柳って時々根拠のないことを平気で言うよな。そんなに私に牛になって欲しいの?」

「どう取ったらそう言う解釈になる?…そうだな、牛になっても俺は構わないぞ」



 私は構う、よ!

 柳の眼球運動を探るのは不可能に近いので、彼の感情の色を理解するには声色と微かに動く頬の筋肉を観察するしか術はない。

 今の彼の口角は上がっている。冗談なのか馬鹿にされているのか、判断に苦しむところだ。



「横で彼女が唸ってるのに、その構い方はあんまりだろうよ」



 仁王ですら私が唸ってたら「どうした?」くらいは聞いてくれるってのにさ。

 …まあ、一昨日メールで『謝るタイミングを逃すと後がつらいぞ』と書いてきたことからして、私が凹んでいる理由は筒抜けなんだろうけどさ。

 柳は「なるほど、案外俺は底意地の悪い奴なのかもしれないな」と静かに嘯いた。

 なんでここで自虐ネタを持ってくるのさ。突っ込み待ちか?

 携帯と向き合う気が殺がれた私は、メールを削除して鞄にそれをしまった。



「ところで、今日は『呼び出し』はないようだな?」

「あー…うん、まぁ…」



 変えられた話題に、私はごにょごにょと答えるしかできない。

 『呼び出し』…つまり柳ファンからの果たし状と言う名のラブレター。

 私と柳が馬鹿げた遊びをしている理由の一つ。

 仁王の恋愛成就の為の裏工作として、柳と付き合っている様を見せつけること。キーワードは『柳のことを好きな女の子』。

 しかし、この3日間、仁王を避けているせいでテニス部に近寄ることが出来ず『彼氏と彼女の下校姿』が披露出来ずにいた。

 あー、なんかイライラしてきた。煙草吸いたい。

 仁王め。なんでアンタの為にしてやっているのにアンタが足を引っ張るのか。



「ごめん」



 今日のラブレターが無い理由が、遠回しに彼に責められているような気がして、思わず謝った。

 何故謝る?とは彼は聞かなかった。代わりに「気にすることはない」と優しい口調で告げてきた。

 柳は意地悪だ。

 私が隠したいことは無理矢理吐かせるくせに(しかも吐かせる前からだいたいわかってるくせに!)、聞いて欲しいことは喋り出すまで催促しない。

 その姿勢は、去年からずっとそうで、私は柳と会話する度に必ず一回は彼を睨んでいたような気がした。



「あのさ」

「ん?」

「どうして助けてくれないの?」



 溜まりかねて私は聞いた。

 助けてくれてないわけではなかった。柳は私の悩みを聞かない代わりに、逃げ場になってくれていた。

 私と仁王の事情を知っている数少ない友人の中で、仁王の株は大暴落中なので、喧嘩したことを話せば仁王が悪いの一点張りで取り付く島もない。そりゃ、それでもストレス軽減には大いに貢献しているわけではあるので有り難かったが…解決策には至らない。

 これはまる一年間の付き合いを通して感じていたことだが、柳はきっと自分にしか出来ないことしかしない性格なのだ。

 それはつまり、恐ろしく気が利く奴だと言い換えても差し支えない。分を弁えているというか、人との線引きが上手。

 仁王とは逆の意味で、生きやすいように生きる奴。

 だから。

 助けを求めたことで、こんなに驚かれるとは思ってなかった。

 目、ちょっとだけど確実に開いてるし。

 その表情気を取られていると、柳は少し困ったように眉を下げた。



「お前から…。…頼むのは初めてだな」



 柳は何かを言おうとして止め、違う言葉にして言った。

 もう既にいつものポーカーフェイスに戻った彼からは言い淀む理由を探れない。



「…真っ正面から頼みごとをするのは初めてかも知れないケド、そこまで驚くほどじゃないだろ」



 意味を勘ぐるのはよして、感じたままの感想を述べた。

 柳は肩を竦める。



「いや、毎度の事ながら俺は必要ないと判断されると思っていたからな。意外だった」

「…別に毎度そんな計算してた記憶はないんだけど」

「知っている。まあ請われた以上助言をしてやらなくもない」

「どっちだよ」

「お前が何かする気ならすればいい。する気がないならしなければ良い。どちらにせよ、あと数刻とたたずに終わる問題だと言い切れる確率96%」



 柳は占い師のように曖昧かつ明確な予言を行った。



「なにそれ?」

「少し考えればお前でもわかる」

「ヒント」



 私が冗談めかしてお願いすると、柳はただ「明日」とだけ言った。

 それから少し意地悪そうに笑って「放課後までにどうにもならなければ、今度こそ俺がなんとかしてやろう」と言った。

 …………。

 私は「ありがとう」とだけ言い、この話題を打ち切った。

 柳がそう言うならそうなのだろうし、なんとかしてもくれるのだろう。

 ただ何故かは分からないが、言ってはいけないことを言ってしまったのだと、気付いた。




















『明日、テニス部の試合じゃから来いよ』



 柳の予言通り、仁王からメールが来たのは昼休みの終わりだった。

 微妙な時間に来ていたので、メールを開けたのは五時間目が終わってからだったが。

 まるで喧嘩などなかったかのような、連絡皆無だった2日間などなかったかのような文面に、軽い苛立ちを覚えた。それと同時に、酷く安堵した。



「…ん?」



 文面はそれで終わりだと思ったら、よく見ればまだ下に文章が有るようだった。

 カチカチと下を押して画面をスクロールさせる。



『明日、テニス部の試合じゃから来いよ




ごめん』



 ドキッと、した。

 謝られるとは、思ってなかった。

 喧嘩したってお互いに謝ったことは…多分一度もない。

 派手に喧嘩しても、数時間後には通常通りの仁王がメールもしくは声を掛けてきた。

 なかったかのように。全て勝手に水に流してた。

 それで良かったのは、争点がお互いにどうでも良いものだったかも知れない。

 でも…じゃあなんで、今 回 は 謝 罪 を ?



「良かったな」



 柳の声にハッと我に返った。

 慌てて携帯を閉じたが、別に彼は覗き込んでいたりはしなかった。

 そう言う奴じゃないことは、知っていたのに。

 柳の涼しい顔が一瞬曇った。

 瞬きする間もなくいつものクールビューティーに戻っていたので、もしかしたら思い込みが見せた幻だったのかもしれない。



「仁王からじゃなかったのか?」

「あ、いや、その通りです。さっすが柳、目の付け所が違う」

「何を言っている?」



 実に不可解だ、と言わんばかりの顔をした。

 あ、本当にいつも通りだ。

 やっぱり気のせいだったようだ。

 帰り支度を済ませた柳は、席を立ちながら、



「今日は遅くなるから先に帰っていてもいいぞ?」



 と聞いてきた。

 「今日は」と彼が口を開いた時点で言おうとしていた言葉を思わず飲み込む。

 あれ?

 帰っても良い?

 なんだか出鼻を挫かれたような気分で、私は「わかった」と頷いた。

 なんかちょっとショックだった。

 ここ2日間一緒に帰らなかった。それに対し柳は優しかったが、少しガッカリしているように感じてた。

 本当は、そんなことなかったのだろうか?



「柳」



 今日遅くなるのは明日試合だからだろう、と予想はつく。

 でも、だったらどうして、



「ん?どうした」



 誘ってくれないのだろう。



「柳が、なんとかしてくれたの?」



 心での疑問とは別に、口をついてでた疑問は、確認する必要ないものだった。

 柳は口角をやや上げて、



「安心しろ。俺は何もしていない」



 ぽん、と頭に手を置かれた。

 嘘だ。

 何も根拠なく、そう思った。

 それに、なんで、安心しろ、と言っただろう。

 柳がなんとかしてくれたとしても、私がそれで悲しんだりしないのに。

 疑問がいっぱいでグルグルして、言葉が見つからず、頭に手のひらの形に残った体温が冷えてなくなるまで、俯いたまま動けなかった。

















 朝。

 目覚ましが鳴るより少し早くに起きた。

 結局。

 仁王にメールが送れなかった。

 ごめん、の意味が知りたくなかった。



「…今日どうしよ」



 ベッドの上に上体を起こし、思わず呟く。

 試合か…。

 私は深呼吸をしてから、携帯をわし掴む。

 意を決して仁王のメールに返信する。そういつまでも逃げてらんない。


『試合後ちょっと顔かせ。問答無用』


 意気込み過ぎて果たし状みたいな文面になってしまった。ま、いっか。

 やけになって送信ボタンを押し、携帯を放り投げた。

 顔を洗ってご飯を食べた後、着替えに部屋へ戻ってくると、携帯が光をチカチカと放っていた。

 メールか?電話か?

 開いてみるとメールだった。柳からのモーニングメール。


『今日の午後15時以降、時間あるか?』


 朝の挨拶に続く文面は上記の通りだった。

 3時には終わる予定なのか、すごい自信だな。


『ちょっと用事があるから、済ませたら連絡いれるよ。それでOK?』


 連絡いれるもなにもないかなぁ。だって同じ場所にいるしね。

 下手に立ち回って、嫌な思いさせても困るし。

 とは言え、仁王の名前を出したら気を使われそうで嫌だなぁ。

 出さなくてもバレてそうだけど。

 などと言う私の不安は杞憂だったようで、柳からは普段の如く、短い了承メールが返ってきた。









 昨日友人に聞いた話では、試合自体は12時から始まるようだった。ので、開始時間に間に合うように準備して、出かけた。









 立海以外にも試合しているトコがあるようで、少しコート場所に迷うかと思ったが、立海の制服を着ている集団がいて案外すんなりと目的のコートにたどり着けた。

 私服で来てしまったことを後悔しつつ、私は一番後ろの席に座った。

 コートがちゃんと見えるかと見渡すと、ちょうどこちらを見た柳と目があった。

 私は反射的に、手を小さく挙げて挨拶した。



すると、柳が。


心の底から嬉しそうな、子供みたいな満面の笑みを浮かべた。



 グッ、と息が詰まった。

 私の前に居た女の子たちが色めき立ったので間違いではなさそうだ。

 柳は小さく手を挙げて、そして真田くんに呼ばれてくるっと背を向けた。

 ズキズキと胸が痛い。

 あんなに嬉しそうな顔をされるとは思わなかった。

 あんな顔初めて見た。

 別に私はテニスの試合を見に来たわけではないのに。

 柳の試合を見に来たわけではないのに。

 柳に会いにきたわけではないのに。



そんな、嬉しそうな顔しないでよ。



 ああ、そうだ。

 確かに、柳は私に打診した。

 ヒントを出した。その後、酷く意地悪く笑った。

 今更ながら、あの時あの話題が気まずかった訳がわかった。

 柳は、言うつもりなかったのだ。ヒントも口が滑ったから出ただけだ。だから、ごまかす為に意地悪い微笑を浮かべたのだ。

 私が助けてと言ったから。

 明日見に来て欲しいと言う束縛の鎖を、仁王に譲った。

 本当は、柳は、見に来て欲しかった?


 別にテニス部の試合を見るのはこれが初めてではない。

 去年だって大会はあったし、練習風景だってスケッチしに行っている。

 では何故?

 確実に私が柳を気にする状況にあるから?



(しかし、それじゃあ…)


 それじゃあ、まるで、柳が私に恋してるみたいじゃないか。



 そんな結論を私は慌てて首を振ってかき消す。

 確かに珍しくニコッとしたけど、それがなんだ。身長が仁王より高いクールビューだって、最近仲の良い友達が来たらニコッと笑うくらいするさ。

 普段思慮深い笑み(私にしては意地悪い笑み)ばかり見ているから、余計に嬉しそうに見えただけだ。


 だって。そうじゃないと。


 胸はズキズキと痛むのに、頬が火照ってしまい、思わず頭を抱えた。

 自惚れすぎだよ私。

 仁王に見られたら指さして笑われそうなので、帽子を深く被り、縮こまるように観戦に臨んだ。



 …いや、早ぇー。マジかよ。

 確かに県大会如き一瞬で終わるよ、とは去年から友人にも仁王にも聞かされていたことだし、まあ圧倒的に強いんだろうなとは思っていたけど…。

 …始まって、ええと、一時間ちょっと?

 いや、一時間も経ってない…。

 なんかどっちを応援していいか途中から分からなくなった。立海なんて応援しなくても勝ちそうだし。

 仁王出番なかったし。

 柳と柳生くんって組み合わせの初戦も、なんかイジメみたいで怖かったし。

 やっぱり校内練習の方が面白いな。スケッチする暇がないよ。

 なんてことを考えていると、携帯がブルった。

 仁王だ。

 コートを見ると、鞄に手を突っ込みながら私を見てニヤニヤと手を挙げるペテン師が居た。


『広場の自販機辺りで待っとって』


 メールに返信を打たず、私はオーケーサインを彼に飛ばした。

 それから席を立ち、私は言われた通り中央広場に向かった。



 広場にいる人は疎らだった。

 うちの学校は強いから県大会は観る価値がないと思ってるやつは多いみたいだけど、地区大会勝ち抜いて県大会に来てるんだからもう少し応援してあげてもいいんじゃないのかなぁ。と、思うのは私の作品が県大会にも出れないからでしょうか?やれやれ。

 財布から小銭を取り出し、自販機でポカリを買う。買ってから仁王が試合をしてなかったことを思い出す。しまった、無駄遣いした。



「おう、待たせたな」



 ペットボトルを握りしめて睨んでいると、仁王の飄々とした声が歩いてきた。

 私はそちらを振り返って悪態をつく。



「あんなに早く試合終わったら、なんて声かけていいかわかんないじゃん」



 そりゃ悪かったのう、とカラカラ笑う仁王に私は握りしめていたペットボトルを投げた。

 パシッといい音を鳴らして仁王が受け取る。



「サンキュ」

「どーいたしまして。今度運動するまで取っておきな」

「有り難く今飲ませてもらうぜよ。朝からあんまり水分取っとらんのでな」



 人の話を聞かないで、早々に蓋を開けて中身を飲む。

 いつも通りの傍若無人さに、今朝までコイツに対して気まずい思いをしていた自分がバカみたいに思えてきた。



「して」



 飲みたいだけ飲んだ仁王が、ボトルから口を外し、蓋を閉めながらそう言った。



「今朝のメールはどういう話なんじゃ?」

「メールについては私も聞きたいことあるんだけど、とりあえず言って置きたいことが二つ」



 なんか想像していたより、あっさり口が開いてくれた。

 多分それは仁王がいつも通り飄々としていたからだし、それでも真面目に話を聞こうとしているのが見え隠れしているからなんだろう。

 仁王は黙って、いつも通りにニヤニヤして、私の言葉を待っていた。



「一つ」



 私は、ぺこっとちょっと頭を下げた。



「カッとなって怒鳴ってごめん」



 頭を上げると、ニヤニヤしていた仁王の顔が、困った顔に変形していた。

 何か言おうと口を開きかけた彼に、私は「二つ目」と言ってブイサインを突きつけた。



「私は、後悔なんかしてない」



 私の宣言に、仁王は顔から色を無くした。

 開きかけた口もそのままに、ぽかんとバカみたいに私を見る。



「ん、以上」



 いい締め文句が浮かばず、ちょっと気取った感じで締めくくった。

 仁王が恐る恐ると言った感じに、空いている方の手を挙げた。



「先生、質問ナリ」

「はい、仁王くん」

「俺の勝手に付き合わされて後悔してない?」



 あ、勝手だって言う自覚はあったんだ。



「うん」

「それは、どうして?」



 どうして?

 だって。



「一緒に居て楽しかったから」

「…違うの」

「え?」

「いや。…なんで過去形になっとるんじゃ?」

「え?」

「それはもう俺と一緒にいたくない、と言うことかの?」



 『え?』と言う文字で頭が埋まる。

 仁王は何を言わんとしている?

 だって、もう一緒にいられないって言ったのは仁王で。

 あれ?

 え?


 仁王は「恋愛ごっこはもう止めよう」と言っただけ?



「にお」

「ん」

「ごめん、ってなに?」



 質問に質問で返すのは良くなかよ?と言いながら、仁王は少し言葉を選び、



「誤解させたじゃろ?」

「誤解?」

「俺が後悔しとるのは、俺がお前さんに強いた事柄じゃ。なんであん時もっと先まで見えなかったのかと、後悔しきりじゃ。けど、お前さんは『自分と一緒にいた時間』を俺が後悔してると勘違いしたんじゃろ?それは違う。それに関しては後悔したことない。だから勘違いさせたことへの詫びじゃ」



 だからさっき、「違う」と。

 私は、『遊び』を持ちかけられた時ショックだった?

 私は、『遊び』であることにショックを受けた時があった?

 私は、『遊び』が終わった時ショックだった?

 言葉遊びのような謎掛けに、思考回路がパンクしそうになる。



「だって、にお、好きな人が、あれ?」



 仁王の言いたいことが解りたくなくて、必死に否定材料を頭の中からこねくり出す。

 仁王が近づいて私の肩をポンと叩く。

 思考の海に深く沈んでいた私は、飛び上がるほど驚いて仁王の顔を見上げた。

 仁王が少し優しく笑った。



「のう、甘いもんでも食べにいかんか?」

「え?え?だって、あれ?」

「考え事するときは甘い物を食べるって、よくお前さん言うとったじゃろ」

「う?うん。違うんだ。いや違くないんだけど。確かにそう言ってるけど」



 流されそうになって、ようやく踏みとどまった。



「三時に柳から呼び出しが有ったんだ」



 そう言った私の目を見て、仁王の目の色が少し変わった。

 瞬きをすれば戻ってしまったが。

 仁王はいつもの余裕綽々のペテン師顔に戻ると「そうか、残念じゃのう」と呟いた。



「のう」

「ん、うん?」

「俺が好いとう奴」



 仁王の『好いとう奴』が朧気ながらわかり始めた私は耳を塞ぎたくなった。

 それでもペテン師は容赦ない。



「参謀も好いとるようじゃね」



 「でも、その子は、今も参謀が好きとは言い切れないようじゃの」と言い残して、仁王は私の前からどこかへ行ってしまった。


 ピントが仁王の居た近場から、遠くに移る。


 広場。

 離れた距離。

 私の真っ正面。


 柳蓮二が涼しい顔をして立っていた。何を考えているかは読めない。







心臓が、跳ねる。



 足の裏に根が生えたようで、私は動くことも出来ずただ棒立ちに彼が来るのを待った。



「用事とは仁王だったのだな」



 いつもの口調に陰りはない。なんでもないことの確認だ。脳味噌から漏れる彼の独り言。



「用事はもう済んだのか?連絡を待たずにお前を探しにきてしまったのだが」



 独り言から私への問い掛けに変わるのをボンヤリと聞いていた。

 兎に角、今の私の脳が処理している情報がそれどころではないのだ。ダメだフリーズする。よし強制終了。



「…どうした?日差しにやられたか?」



 ピタッと冷たい手が額に当てられ、脳が再起動する。

 再起動したはいいけど。

 こういう状況になった時、私はいつもどうやって対処していた?振り払う?え、なんかそれ酷くないか?



「柳」

「なんだ?」

「熱なんか無いよ」

「そのようだな」



 手を離しながら、フッと笑う。

 …わかっていながら、私で遊んだなコイツ。



「お疲れ様。凄かった」

「いや、全国までに敵はいないからな」

「…そういうスタンスでいると思わぬ所で足払い食らうよ」

「フッ、肝に銘じておくか。だが事実だ」



 まあ、あの試合見た後じゃ、私の言葉の方が説得力がない。

 だんだんいつもの調子が戻ってきた私は、この調子が変わらぬ前に、地雷に手をかけることにした。



「ねえ」



 いつか取り除かないといけないもの。

 爆発して、取り返しがつかなくなっても。

 いまのこの状態のままずるずる行くのも、辛いから。

 早めに取り除かなければいけない。

 仁王にアンナコト言われたら、尚更。早く。



「柳蓮二との『遊び』の期限はいつにする?」



 早く。決めなければ。








   →



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そろそろ耐えきれないので、言い訳します。

当初は、こんなに仁王をくどくさせるつもりはありませんでした。
ペテン師の手のひらで予定より遥かに華麗すぎるダンスを踊る教授にびっくりするペテン師、
くらいの華やかさを描こうとしてました。(なんじゃそりゃ)

ごめんね仁王!こんな展開じゃ私も呼吸するのがやっとだよ!