ありがとうの「り」



















 理解できない。

 これは一体どういう確立で起きている現実だ?

 私は、本の後ろについているネームカードを見て、ここ二ヶ月ほど同じリアクションばかりしている。

 学校の本の貸し出し限度冊数は10冊。最大期限は2週間。

 10冊を二週間以内に読むなんて、図書室の規模でこの学校を受験した私には朝飯前。ぬるいくらいだ。

 ・・・別に苦行じゃないから、ぬるかろうが熱かろうが私の行動に変わりはないのだけど。


 柳蓮二。


 10冊借りた私が、次はこの本!と目星をつけておいた物を、私が返し終わる段階になって尽く借りていく男の名前である。(男だよね?)

 で、ここのところ、ネームカードを見るたびに「また貴方ですか」とため息をついてしまうのである。

 一学年に900人以上が居るこの立海で、毎回毎回この顔も知らない「柳蓮二」が私の読みたい本を先取りしてるなんて、ホントどんな確立?これって奇跡?理解できない。

 ネームカードから察するに、「柳蓮二」は、私と同じで10冊を二週間一杯借りており、その返却日は私の一日前のようである。

 映画か何かで、こういうラブロマンスものがあったなー。現実に起こってくれると、若干のイライラと気持ち悪さだけが沸いてくる。私は恋愛物の主人公にはなれないようだ。



(・・・これも「柳蓮二」)



 何気なく手に取った本のネームカードにその名を見つけて、トキメキよりイラッときた。

 私は、結構本を読んでいる方だと、自分では思っている。

 10冊借りても、10日あれば読み終えるし、残りの四日かけてじっくり読みたい本を読み返したりしてる。

 だからって言うか、読み手としてのプライドと言うか、こうもナワバリを荒らされるのは、身勝手だがとても不快だ。「本は他にもあるじゃない!」と自分を棚に上げ、なおかつ自意識過剰に反応してしまう自分も不快だ。やめて欲しい。



(・・・ああ、もしかしたら、この辺は「柳蓮二」のナワバリなのかしら)



 入学当初、私は児童文学の辺りを読み漁っていた。その頃「柳蓮二」の名前は少しもチラつかず、私は充実した読書ライフを送っていたものだ。

 私は、持っていた本を棚に戻し、純文学の欄から歴史書の方に足を向けた。

 あっちの方は「柳蓮二」が読み終わってからでも遅くはない。地元の図書館にもあるし。

 そう思いながら、棚を曲がって歴史書欄に着くと、既に先客が居た。

 前髪がやたら長い男の子で、背は私より大分高い。

 この棚の前で昼休みに人と鉢合わせるのは珍しいので、私は内心驚きながら、隣に並ぶように背表紙を眺めた。

 ついつい上から眺めていく癖が出てしまい、「お」と最初に琴線触れた背表紙は、私が手を伸ばしても届かない位置にあり、脚立をきょろきょろとさがしているうちに、それを彼に取られてしまった。



「・・・・・・・・」



 内心がっくりしてしまったが「それ、私も読みたいです」などと初対面の人に声を掛けられるほど、人懐っこくない私は、知らない振りをしながら、低い位置にあった本を一冊抜き取った。

 とりあえず、裏表紙を開いてネームカードをチェック。あれ・・・私の名前がある。これ借りたことあったっけ?



「・・・あの」



 本を開いて、パラパラと内容を確認していると、横から静かな声がゆっくり流れてきた。

 顔を上げて振り向くと、



「その本、借りられるんですか?」



 と、嫌味な感じでなく、少し申し訳なさそうに彼が聞いてきた。



「え、あ、この本借りるんですか?」



 ぎくしゃくと本を閉じながら口から出た言葉はそれだった。

 言い終わった後、質問に質問で返したら答えになってないよ!と気づき、私は慌てて、



「ど、どうぞ」



 そういって本を渡した。

 彼は少し驚いた感じで、(前髪が長くて表情がイマイチよくわからないのだけど)「いいんですか?」と小さく呟きながら、本を受取った。



「ありがとうございます」

「い、いえ。いいんですっ。私それ前に借りてましたからっ」



 ペコッと彼が、軽くであるが頭を下げるものだから、私は慌てていらないことまで言ってしまった。

 彼に渡した本のネームカードは、今年新しくされたのか、名前を書いているのは私しかいなかった。

 そりゃあ、彼に名前がバレたってどうってことない話なのだろうけれど、なんだかその事実が異常にはずかしかった。

 「じゃ、じゃあ、私はこの辺で」などとわけの分からない別れの挨拶をし、私は本も借りずにそそくさと図書室を後にした。









 後日、彼がひょいっと取った、上の方にあった本を取ることに成功した私は、いつもの癖でネームカードを見て、いつも以上にぎょっとしてしまった。

 この前の前髪の長い男の子が、「柳蓮二」だということが、日付から分かってしまった。


































拍手ありがとうございました!
あいうえお作文っぽくしようとして、ありがとうの「り」から始めた話です。
んー、「柳夢」と称しておきながら「イライラする」とか言わせてばかりで反省。
本当は柳サイドの印象で書くつもりだったのですが、それはまた再録のときにでも補足させていただきます。(後日暇を書き足します。08.03.30現在)
前髪長い長い言っているのは、中学2年の時の蓮二がそんなのだった印象があるのでー.