ホワイトデー
























「ほれ、やる」






 ふいに投げて寄越されたそれに、私は一拍遅れて反応したが、取り落とさずにキャッチすることができた。一重に投手のタイミング読みとコントロールの賜物であると言えよう。



 自慢ではないが、私は物事に対して機敏な方ではない。



 ここは、西陽が射し込む放課後の教室。下校途中、駅まで歩いて明日提出〆切の理科のノートを忘れてきたことにハタと気付いた私が、慌てて引き返してきたところである。



 キャッチしたことはしたのだが、投げてよこした人物を、これまた一拍遅れて確認して…思わずそれを取り落としそうになった。



 ニヤニヤと、まるで『不思議の国のアリス』のチェシャ猫のような、人を惑わす笑みを浮かべた、ふわふわの銀色の髪をしっぽのように後ろでちょこんと縛った男の子。



 ペテン師と囁かれるクラスメイト。



 仁王雅治、その人である。






「え、えぁ、ええと…」






 驚きの余り舌が回らず、投げられた物をぎゅっと抱き締めたまま、私は直立不動になった。



 彼と私に接点がないか、と問われれば、ある、と答えるのが正しい。だが私は、友人と呼ぶのは馴れ馴れしい、ただの顔見知りのクラスメイト以外の身分は持たないはずだ。



 だから、彼が何かをプレゼントしてくれるなんて。…いいや、人違いだと言う可能性も捨てきれない。



 無言のままただ困惑する私に、






「今日は何の日か知っとるじゃろ」






 と、楽しそうに、椅子の背に持たれて、余った身体をしなやかに反らして、三日月みたいに笑う。



 本当にチェシャ猫みたいだ。



 ぽけん、と彼の行動に見とれたせいで、今日が何日か思い出せずに、慌てて黒板の日付を振り返った。





 3月15日。





 察しも悪い私は、日付だけでは何の日か分からず「さんがつじゅうごにち…?」と首を傾げた。






「今日はまだ、15日にはなっとらんよ」






 鈍い私に、ペテン師が苦笑いしながらヒントをくれる。



 3月14日?・・・あっ!






「ホワイトデー…?」






 そうだ。今日はホワイトデーだったんだ。



 今年のホワイトデーは丸っきり私と関係ないことはない。



 バレンタインは人並みにトキメキながら、意中の人に(その他大勢のチョコの中に突っ込まれながら)渡したものだ。



 お返しは、やはりというか…もらえなかった。



 もらえなかったからこそ、今日が何の日か思い出せなかったのだし(思い出したくなかった)。






「あ・・・」




 
 ぎゅっと胸が苦しくなって、緩めた手のひらに力を込めた。



 仁王くんがくれた紙袋が、クシャッと悲しそうに鳴いた。



 でも、私のホワイトデーと仁王くんのホワイトデーには、なんの繋がりもない。



 だって、私は仁王くんに何もあげてない。



 だから、






「こ、これ・・・っ」






 私は、かわいらしい色をしたリボンで閉じられた綺麗な色の紙袋を、両手をいっぱいに伸ばして差し出した。



 元の姿勢に戻った仁王くんは、私の様子を見て首を傾げた。






「どうしたんじゃ?」



「も、もらえないよ」



「なんでじゃ?彼氏でもいるんかの?」



「いな・・・いないよ・・・」






 私に彼氏がいないのが当たり前、のような口ぶりで言う仁王くんの態度が、なんだか酷く悲しかった。



 仁王くんはバレンタインデーにチョコをあげたことを知っているのだろうか。



 たぶん知らないだろうし、ホワイトデーだと知らずにのほほんと過ごしている女の子に彼氏が居るはずないと思うのは妥当だろう。




 だけど。



 だけどさ。




 私ってそんなにかわいくないかな。



 そんなに馬鹿に見えるかな。



 そんなにミーハーに見えるかな。



 そりゃあ、釣り合わないのは知ってたよ。



 向こうはあんなにバレンタインチョコだってもらうほどの人気者だけど、私なんて告白されたことも冷やかされたこともないんだもの。




 でも。



 でもさ。




 好きだったのに。




 私は俯いて、仁王くんに涙を見せないように頑張った。



 頑張ったところで、私のその態度は不自然なものだったから、仁王くんにはバレバレだっただろうけど。彼は何も触れずに、






「なあ、袋開けてみてくれんかの」






 そう、優しい声で言った。



 悲しい気持ちでいっぱいの私の頭は、なにも考えずに仁王くんの言葉に従った。



 シュルリと紐を解き、がさごそと袋を開ける。



 中には沢山のキャンディと、それに埋もれるようにしてハンカチが入っていた。






「これは・・・?」



「使って欲しいんじゃが」



「だって、もらえないよ・・・」



「今日はホワイトデーじゃろ?」



「でも、私仁王くんにあげてない・・・」



「それは残念じゃったが。それとこれとは別じゃ」



「え・・・?」






 意味不明な仁王くんの言に、私は顔を上げた。



 夕日が逆光になって、仁王くんがどんな顔をしているのか分からない。






「バレンタインデーが女の子が愛の告白する日なら、ホワイトデーが男が愛の告白する日であったってかまわんじゃろ?」






 ハンカチは私の涙を引っ込め、キャンディは私の落ち込んだ思考を浮上させた。



 仁王くんは、割れた私の心に接着剤を塗ってくれた。








































拍手ありがとうございました!的なLOGです。

なんだか随分と遅れましたがホワイトデーでニオちゃんです。

ニオちゃんって存在そのものがホワイトデーって感じですよね?(ナニソレ)
なんかお返しのいらない人からならバレンタイン受け取りそうな感じだなぁ、と思っています。
キャンデーはまだしも、ハンカチとか書いているあたりで「もしかして、コイツ仁王じゃなくて比呂士じゃね?」とか思ってしまったのは秘密です。