不二先輩がきた。
「実はね、に聞きたいことがあってね」
私にこう聞いてきた。
「さ、好きな人とかいる?」
…………………。
いっぱいいますよ、と答えた。
「僕のクラスの赤城が、のことが好きだって」
不二先輩?
「付き合ってみない??」
いつもと変わらない笑顔で、どうしてそんなこと言えるんですか?
息が。
息ができない。
背中を地面に打ち付けたときのように、呼吸ができない。
ああ、本当になるんだ。
本当にあるんだ、こういうこと。
アッハ、と私は笑った。
不二先輩が首を傾げた。
「みない?とか言われましても、無理ですよー」
「どうして?いい奴だよ?」
「先輩はお友達ですからそういうでしょうけど。私はまだ会ってもいない人を好きになったりできませんから、無理です」
「そっか。じゃあ一度だけでも会ってやってくれない?」
不二先輩は、「実はこれを預かってきててね」と言って一枚の遊園地のチケットを出した。
私の方に差し出す。
「会ってやってくれないかな」
笑顔で私の手に乗せる。
笑顔で。
そこに拒否と言う選択肢はなかった。
私は、しょうがないな、と言う笑顔をつくり、
「不二先輩の顔を立てますよ」
「本当に?よかった」
私はチケットを見る。
「今週の日曜日ですか?」
「そう。大丈夫?」
「テニスするつもりでしたから、大丈夫です」
にっこり笑うと、「熱心だねは」と笑い返してくれた。
「じゃあよろしく。赤城に伝えておくよ」
「よろしくお願いします」
「じゃあね。今日はゆっくり休むといいよ」
私は「お疲れ様です」と笑って見送った。
不二先輩が保健室から出て行ってから、チケットに目を落とした。
顔の筋肉が馬鹿になったみたいにぎこちない。
きっちり笑えていただろうか。
声は震えてなかったと思う。
不二先輩に彼女ができても、笑ってられると思うのに。
実際、そんな噂聞いても、なんとも思わなかったのに。
ばたばたと涙が零れてきた。
ぽたぽたなんて可愛らしいものじゃなかった。
嗚咽が漏れないように我慢しながら、濡れないようにチケットを手元から外した。
ばたばたと落ちる涙を、布団で拭う。ごめんなさい、保健室の先生。
「ちゃん…」
掛かった声に驚いて「うぇ!」と嗚咽まじりの酷い声が出た。
ぐいっと涙を拭くと、居たのは桜乃ちゃんだった。
私は慌てて笑顔を作った。
「あ!桜乃ちゃん!部活おわったの?ありがとう〜」
私が手を振ると、桜乃ちゃんが泣きそうな顔で入ってきた。
あれ?
「どうしたの?何かあった?」
「ちゃん…泣いてたから」
「あー、これはね、今更ながらに不二親衛隊にやられたことが堪えたみたいでね、ついホロホロっとね」
「ちゃん、不二先輩が好きなのにね…」
思わずびくっとしてしまった。
顔の筋肉が力を失ったのがわかった。今は無表情になっているのだろう。
笑顔を作る気力が飛んだ。
「酷いね、ちゃん、不二先輩が好きなのに」
桜乃ちゃんが、ポロポロと泣き始めた。
"ひどいね"
その言葉が、胸をひどく打った。
多分私も、酷いと思ったのだ。
「桜乃ちゃん…?聞いてたの・・・?」
私が聞くと、桜乃ちゃんは、コクンと頷いた。
「酷いね…」
我が身に起きたように、ポロポロ泣いてくれるので、私はだんだん落ち着いてきた。
「酷くないよ、桜乃ちゃん」
「酷いよ…」
「酷くないよ」
ね、と私は笑った。
今度は笑えた。
失恋決定。
告白する前に失恋決定。
気づいた瞬間に失恋決定。
でも、そんなのわかりきってたことじゃないか。
「不二先輩の言うことを聞いて酷い目にあったことないよ」
これを酷いと思っていいのは、
私にも先輩とつき合える器量があって、
尚且つともちゃんみたいに好きですアピールをしていた場合のみだ。
私にはどちらもない。
だから、これは酷いことじゃなくて、むしろ先輩の好意だ。
そうなんだ。
「泣かないで〜桜乃ちゃん〜」
私は笑った。
桜乃ちゃんは、泣いてくれた。
そしてもう一度、酷いね、と、小さく呟いてくれた。
あとがき
不二先輩最低二連発。
そして桜乃ちゃんは可愛いと思います。
不二「・・・・・・・」
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