私は先生と(さっきの女性教諭は竜崎先生と言うらしい)一緒にコートへ行った。現入部希望者は、私で最後のようだった。
「あ、ちゃん」
桜乃ちゃんが私を心配そうに見ていた。
それに私はにっこり頷いてから、入部希望者の列に並んだ。
竜崎先生が、部活内容について説明する。
厳しいとか、全国制覇が目標だとか、要するに実力重視のテニス部だと言うこと。
続いて手塚部長と言う真面目そうで厳しそうな男の先輩が、球出しをしてくれるので、返してみよう!と言うことをやった。
手塚部長の球出しは、初心者相手を想定してかとても優しくかつ正確で打ちやすかった。
もちろん、初心者にとっては球にラケットを当てることがまず最初の課題ではあるので、手塚部長がいくら上手に球出ししてくださっても、どうしようもなかったりする。
それはしょうがないことだし、実力重視と言いながら、ちゃんとその辺をわかって一から育てることを拒まない姿勢が感じられるのが好印象だった。
手塚部長の球を返せた人とそうでない人と別れ、私は返せたのでコートの中にそのまま残っていた。
男子と女子がごちゃまぜになったそこに知った人を見つけた。
「越前くん」
私が声を掛けると、彼は私を振り返り首を傾げながら「ああ…今朝の…」と呟いた。
「、だっけ」
「うん」
特に会話したいわけではなく、目に付いたから声を掛けただけなので、思わずともちゃんの視線を探してしまった。
「なにキョロキョロしてるの」
「越前くんのファンに刺されるんじゃないかと警戒」
「なにそれ?」
「いや、なんでもないです」
アハ、と笑うと越前くんは小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。自分でもバカっぽいと思ったのでしょうがない。
と、手塚部長がこちらに声をかけた。
みんな駆け足で部長の方へ集まる。
今度はラリーで、しかもちょっとラケットに重たかった。
心地よい重みではあったが、慣れてない人には以下略。
10回もラリーをつづけられる人はあまりいなかった。
私と越前くんとその他数名。
私たちはそのまま部長に呼ばれた。なんか試験みたいでちょっと嫌だなぁ、と思いつつ。
今度は軽く試合をしてみようと言うことだった。
対戦相手は有り難いことに学園のレギュラー陣がやってくださるそうだ。
それぞれ籤を引かされた。
私の引いた番号は…「不二」。
…えーっと、どうみてもこれは名指しに違いないのですが、不二って…もしや…。
「越前くんは誰だった?」
「…桃城」
「私は不二先輩らしいの」
「へえ、交換する?」
「え!?なんで??」
それは桃城先輩に失礼ではないのだろうか。
私の視線を見て意味を察したらしく、越前くんは肩を竦ませて、「別に桃先輩を馬鹿にしてるわけじゃないけど、もう一度試合したことがあったから」と弁解した。
「それに、その不二先輩って人、不敗伝説があったりするから」
「え!?」
驚く私に、知らないんだ、と心なしか残念そうな(失望?)顔をした。
「、テニスのこと勉強しなよ。打てるのにまぐれ当たりに思われても仕方がないよ、そのままじゃ」
真っ直ぐな忠告に、少しきょとんとしてしまった。
馬鹿にするわけでない心配を、理解した瞬間に顔がふやけた。
「ありがとう〜。うん、こっちのことわかるように頑張る」
ヘラヘラとお礼を言うと、「ああ、そっか、大阪から来たんだっけ」と興味なさそうに返してきた。
「訛りないよね」
「転勤族だから、ずっと大阪にいたわけじゃないし」
「ふぅん」
「よぉ、越前、お前誰と当たったんだ?」
突然後ろから掛かった声に、私は「ひゃあ!」と言う悲鳴を慌てて飲み込んだ。
今日は突然声を掛けられるのが多いっすよ!それとも私が鈍いだけっすか?
越前くんが私の後ろの人を見上げる。
私も振り向く。
黒い髪を短く刈って立てている男の人がいた。
快活な笑みは悪戯小僧のそれと酷似していて、大変好感が持てる顔をしている。
「桃先輩っすよ」
越前くんが肩をすくめながら言う。
だから、先輩にそういう態度取るのは失礼なんじゃないのかい?少年よ。
「なんだ、またか?」
あれ?
話しかけた人は、越前くんの言葉を聞いて拍子抜けたような顔をした。
この人は誰なんだろうか。
「全員籤を引き終わったな」
手塚部長の声に、その人は「お、じゃ後でな」と言って去って行った。
私たちも、部長の近くに移動する。
「お前たちの相手を紹介する。大石副部長」
「はい」
誠実で柔和な印象を受ける刈上げの先輩が返事をする。大石副部長。
「乾」
「はい」
並んでいる先輩の中で、唯一眼鏡を掛けた先輩が答えた。乾先輩。
「河村」
「はい」
優しい表情と空気を持つ先輩が返事をした。河村先輩。
「菊丸」
「ほいほいっと」
にゃあにゃあ言ってた猫っぽい先輩だ。
苗字は菊丸だったのかー。訂正、菊丸先輩っと。
「不二」
「はい」
返事をしたのは、明るい髪とにこやかな笑みを持つ先輩。不二先輩。
「海童」
「ウィッス」
バンダナをした目付きの悪い先輩が声を上げた。海童先輩。
「桃城」
「ウッス」
さっきのツンツン黒髪の先輩だ。桃城先輩。
あ、「またか」って言ったのは、そうか、さっき越前くんと勝負してたのは、桃城先輩だったのか!
「解っていると思うが、俺は手塚だ。それでは、各自籤に乗ってる名前の奴のところに行け」
「「「はい!」」」
手塚部長の号令に威勢よく答え、私たちは、籤に書かれていた先輩のところへ向かった。
私は、不二先輩。
あー・・・あーあーあー・・・・なんだか気まずいのは私だけか。
「あ、あのー・・・・」
私が声をかけると、不二先輩がニコっと笑いかけてきた。
「ああ・・・。足は大丈夫になったのかな」
「あ、はい!大丈夫です!」
「クス・・・。そう、それはよかった。さんが僕の相手をしてくれるの?」
「あ、はい!そうです!」
不二先輩はクスクス笑いながら「なんか運命感じちゃうね」と言った。
なんと答えていいかわからず、はぁ、と生返事。
「僕たちの順番はいくつかな・・・。さんは、いつがいい?」
「え!・・・真ん中くらいが・・・」
「真ん中かぁ。だといいね」
小心な私の回答に、不二先輩は何も思わずに普通に返答してくれた。
「さんは、もう入部したの?今日は見学?」
「あ、入部する気ですけど、今日の部活後に竜崎先生に言って正式入部になるみたいです」
「そうなんだ。でも、じゃあ、もう後輩扱いしても良いわけなんだね、」
「え!?あ、はい、そうですね。大丈夫ですね。はい」
急に呼び捨てにされて、ああそれが後輩扱いってことなのかそうかー、など思いながらコクコク頷く。
「よろしく、」
「はい、よろしくお願いします。不二先輩」
私がペコっと頭を下げると、不二先輩がフフっと笑った気配がした。
そのとき、手塚部長から呼び出しがきた。
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