そのとき、あなたの目が僕を見た。











 革靴でテニスコートにあがるわけにはいかないが、生憎今はシューズもジャージも鞄の中だ。

 しょうがないので、革靴と靴下を脱ぎ、靴下を丸めてその中に入れ、裸足でコートに立った。

 そんな私を見て、彼は驚いた顔をした。



「…なんで裸足なの」

「革靴のままコート入れないです、シューズは教室に置いてきちゃいましたし」

「……」



 彼は肩を竦ませて「いくよ」と言ってサーブを打った。

 彼のボールは打ちやすく、ラリーは長く続いた。

 彼が私に打ちやすくしてくれていると分かっていた。

 しばらくラリーが続いたあと、彼が不思議な動きを見せた。力を加減しながら、ある一点を狙っている。

 …あれ?こんな感じどこかで見たことがある…?



「…Bクイック」



 彼の呟きに合わせて私は、落下予想地点に走った。



 このボールをコートに着けてはいけない。



 直感的に体が動き、私はラケットでボールの回転を止めるように、真後ろから打ち下ろした。

 ボールは、かろうじてネットを越え、越えた瞬間に、カクンと真っ直ぐに落ちた。


ポン、コロコロ…


 落ちたボールが、彼の方に転がって行った。


シーン…



「ご、ごめんなさい!」

「なにが」

「いや、あの、ラリー止めちゃって、その」

「いいよ。オレが先に仕掛けたんだし」

「え?」



 ボールを広いあげた彼が、不敵な笑みでこちらを見ていた。



「手加減したとはいえ返されるとは思ってなかったけど…まだまだだね」

「はぁ…」



 じゃあまた今度、と言うと、ラケットをヒラヒラさせて帰って行った。

 ちょっと待って!誘って連れてきておいて放置ってちょっと!

 呼び止めようとしたけれど、最後滑り込んだときに皮が向けたのか、足を踏み出した瞬間脳天に響く痛みがした。

 やべ!血が出てる!コートに血が付く!お咎め食らう!!

 鞄からポケットティッシュを出し、コートに付いた血を拭っていると、



「そこで何をしてるの」

「きゃー!!」



 フェンスの向こう側から、誰かが声を掛けてきた。後ろめたいことをした後なので、私は過剰反応してしまった。

 学ランを着た人がこっちみてる。

 男子。

 明るい髪。

 私より大きい。

 私を連れてきた少年じゃない。



「ごめんなさい」



 私はティッシュをポケットにしまい、靴下をつかんだ。



「ごめんなさい」



 裸足のまま、かかとを踏みつぶす勢いで革靴を履いた。



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいきゃー!!」



 ラケットをひっつかみ、脱兎の如く逃げ出した!

 足が痛い!












 私と彼のラリーは実質5分かそこらだったらしく、走って行ってもまだ5分前だった。

 げた箱で周囲の目を気にしながら、グズグズの足の裏を気にせずに靴下を履き、革靴のかかとを直しながら上履きを履いた。


 上履き持って帰って洗おう…。


 なんで登校初日からわけわからないことしてるんだろう、と思いながら鬱々と教室に入り、

 足の痛さに辟易しながら先生の話を聞いて自己紹介を言ったり聞いたりした。


 最初が肝心!と張り切った今朝の私を帰してくれ。




 ちなみに、あのテニス少年の名前は、越前リョーマと言うらしい。









 登校初日に授業なんてなく、入学式と始業式、あと学級授業があるくらいで、時間はあっさり部活紹介に回ってしまった。

 プリント類を片付ける振りをしながら越前くんをみると、彼はラケットを持ってさっさと行ってしまった。


 …やっぱりラケット持っていくべきかー。


 足痛い!と思いつつ、鞄とラケットを持つと昇降口に向かった。

 朝に行ったから、テニスコートはどこか分かっているので迷いはない。

 てくてくとグランドを突っ切って、コートに向かって歩く。


 と、コートの方から景気のいい音が聞こえてきた。

 興味がそそられ、コートに向かって軽く駆け出した。

 コートの中では越前くんが既に誰かと打ち合っていた。

 先輩かなぁ…黒い髪をツンツンと立たせた体格の良い男子。

 越前くん、やっぱり私との時、私に合わせてくれてたんだなぁ…。



「お嬢ちゃん」

「ひゃあ!」



 いきなり後ろから肩を叩かれて、私は文字通り飛び上がった!

 振り向くと、私の反応にびっくりした猫みたいな男の人と、そんな様子をクスリと笑う明るい髪の男の人がいた。


 …今朝の人!



「わー、なんだよーもう、びっくりしたにゃあ」

「ごごごごめんなさい!」



 私は平謝りしつつ後退り。今朝のことを言われたらどうしようかと思いつつ後退り。



「テニス部に入りにきたの?」



 明るい髪の人が、優しい声で聞いてきた。

 この人テニス部の人!?



「は、いや、あの、す、すみません」



 答えにならない答を返すと、今朝の人は苦笑いをした。



「ねぇ、英二。僕ってそんなに怖いかな?」

「不二が?ん〜…怖いときもあるけど怖くないかにゃあ〜」



 のほほんと答える英二さん(多分先輩)。それに微笑む不二さん(多分先輩)。



「ありがとう。…ねえ、君、名前は?」

「あ、です」

さん、部活までまだ時間があるから、ちょっと付き合ってくれないかな?」

「え!?」

「お、不二〜ナンパ?それで部活に遅れたら手塚に怒られるよ〜」

「そんなんじゃないよ、部室に行くしね。おいで、さん」

「え、あ、はい」



 是否を聞いて置いて、回避する選択肢を消すなんてさすがです!などと思いつつ、てほてほと後について行った。












あとがき

 このまま英二先輩と呼び続けそうですね、さん。

 そういえば、タカさんと英二だけですよね、同世代に名前で呼ばれているのって。


不二「僕って意外と視力がいいんだよ、さん」