あの日の夜は異常に泣いてしまった。悲しくて悲しくて悲しくて仕方がなかった。
夕食もきちんと食べれたし、びしょ濡れの制服もきっと誤魔化せた。
お風呂に入ってる時も、鼻歌なんぞ歌えた。
それが、部屋に入って、電気を消し、布団に入って、ぼんやりと暗い天井を見つめていると涙があふれて止まらなかった。
桜乃ちゃんの前で、ああして笑えたのは、私のくだらないプライドと習慣病のせいだ。
格好つけないで一緒にわんわん泣いちゃえばよかったのに。
今更ながらにそう思うが、いやでも収集が付かなくなっていたな泣かなくてよかった、と改め直した。
勝手に不二先輩を裏切り者扱いして私は泣いた。
世界で一番不幸かもしれない。そう思う自分はとても何かを慰めた。
なんて馬鹿で醜いんだ!と思いながら、罵る自分にも酔っていた。お手上げだ。
好きなだけ泣いて、好きなだけ世界と先輩と自分を罵って、気が付いたら目覚ましに起こされた。
非常に瞼が腫れてしまっていて慌てて冷やしたのたが、全然引かず、女の子ぶって学校に行きたくないと親に訴えたが放り出されてしまった。
ちっくしょう。
朝練に出る気になれなかったが、
出ないと先輩に気づかれるかも、
いや自意識過剰か?
顔見られた方がヤバいんじゃないか?
などと悶々と考えている間に自転車は学校についてしまった。
これだから習慣病は怖い!
朝練はミスばかりで、手塚部長に怒鳴られまくった。
桃先輩や菊丸先輩、小鷹ちゃんに顔のことをからかわれたが「恥ずかしいので見ないでください〜」とおどければ、笑う以上のことをしてこなかった。
「!放課後グラウンド20周追加!」
「ひえぇえぇ!」
放課後の部活も、朝練も、2日間ほどひどいミスの連続だった。
もう自分なんか死んだ方がいい、って本気で思うくらい酷かった。
「お嬢、お嬢」
「あ…菊丸先輩…」
女子部室から出ていくと、菊丸先輩がにぱっと笑って私に手を振った。
珍しく不二先輩も大石先輩もおらず、菊丸先輩は一人だった。
あんまり喋る元気もなかったが、先輩の手前愛想悪くもできない。
ましてや日頃からよく元気付けでもらってる菊丸先輩なら尚更だ。
私は極力にっこにっこ笑って近づいた。
「なんですか〜?菊丸先輩〜」
「お嬢は甘い物すきかにゃ?」
「え?あ、はい。」
「そーかそーか。おーい、桜乃っち、お嬢借りてくぞー」
「は?」
成り行きが飲み込めないまま、いーからいーから、と菊丸先輩は私をずるずると引きずって行った。
行き着く先は、私がよくともちゃんにお詫びのケーキを奢らされる喫茶店だった。
…うわあ。
「あ、あのー…」
「ん?どしたーお嬢」
「学校帰りの喫茶店は、校則で禁止されてませんか…?」
「お嬢は真面目さんだなぁ!」
大仰に感心する先輩は、そんなんじゃ大石みたいな石頭になっちゃうぞ?、と付け足した。
誉め言葉なのか、けなし言葉なのか、判別がつかない…。
無難に生返事をして置いた。
何でも好きな物を頼みなさい、と言う菊丸先輩に、水を頼むとほっぺを抓られた。すみません。
お財布の中身を思いながら、私はケーキセットを頼んだ。
400円…ああ、またテニス雑誌が買えない…。
菊丸先輩も甘い物を注文していた。
なんか意外で目を丸くしてしまった。
部活帰りで一緒になるのが、二年の先輩方だからかもしれないけど、男の先輩が甘いものを頼むのが、なんだか不思議だ。
「菊丸先輩、甘い物大丈夫なんですか」
「もっちろん。不二ほどじゃないけど、かっらい物も甘ーい物も好きだぞ」
不二って単語に反応して、飲んでいた水を咳込む私。
「タカさんのお店に行った時も、一人でわさび巻きを頼んで…どしたーお嬢、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です…」
ゲホゲホ言いながらオーケーサインを出す私に、菊丸先輩が首を傾げる。
「と、ところで菊丸先輩、どうして私を連れてきたんですか?」
「お嬢とケーキが食べたかったからだぞ?」
「え!?」
一体全体なにがどうしてそうなんですか!?
「女の子は、甘い物食べると元気になるんだろ〜?」
菊丸先輩がにこやかに笑った。
元気に…
ウエイトレスさんが運んできたケーキに視線を落として、なにも聞かずに元気づけてくれる先輩の行為に泣きたくなった。
「先輩」
「んにゃ?」
「これってドッキリか何かですか?」
「ドッキリさせてどうするだよ〜」
それもそうですね、と菊丸先輩に笑って、ケーキを一口頬張った。
それはとてもとても甘くて、じんわりと確実に私の中のしこりを溶かしていった。
少し前。
手塚が不二に、体調でも悪いのかと聞いた。
不二は、いや、と首を振って笑った。
珍しく、サーブミスをしたからだ。
菊丸は、休んでいる不二の隣に行った。
「不二」
「なに」
「不二は酷い奴だにゃ」
「…ごめん、僕、英二に何かした覚えがないんだけど」
「そう聞いただけ。不二に何かされたのは俺じゃないよ〜?」
「…のこと?」
サーブも試合もミスの連続で、コートの中で真っ青になっているを、英二はみる。
「心当たりがあるんだにゃ?」
「英二」
「…俺は大石じゃないから、いいこと言えないけど。不二は、保護欲が強すぎるんじゃないかな」
「くすっ…、僕はそんなに優しい生き物じゃないよ」
「不二」
「英二、大石がよんでるよ」
ほら、と菊丸の言葉を遮って不二が大石を指さす。
向くと、確かに大石がこちらに手を振っていた。
菊丸がため息を吐いた。
「ため息吐かないでくれる?」
「不二ぃ〜、俺ってそんなに頼りないかな?」
「そんなことないよ」
さ、行きなよ、と促す彼の笑顔は、いつもと違うと思うのは、部活もクラスも一緒だからだろうか。
菊丸はもうなにも言わなかった。
明日は例のデートの日。
あとがき
不二先輩ってナルシルトなんでしょうか?
そうじゃないと信じたいような信じたくないような・・・。
不二「が幸せなら、それでいいんじゃないかな」
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