ゆーたなじー。









「なあ、アイツ本当に女子かよ」

「先輩方と同じだけメニューこなして」

「だったら越前や小鷹も同じだろ」

「越前はあれでも男だせ。それに、お前ちゃんと見てなかったのか?小鷹はアイツより少ないぞ」

「マジかよ…」

「あれだけメニューこなして、なんで平気でニコニコ笑ってるんだ」












 素振りの練習をしながら、男子がを野次っている声を桜乃は聞いた。

 ちゃん、ちっとも平気じゃないのになぁ…。

 女子部室の彼女の状態を知らないから、無責任なことが言えるんだと思いながら、周りと声を合わせてラケットを振った。





 タオルを取りに、桜乃が部室に行くと、ベンチに屍が転がってた。

 白目を向いて「もう、ダメぽ…」と小さく呟いた死体は、だった。

 それを見つめて桜乃は入り口で固まった。



ちゃん…?」



 桜乃が声を掛けると、「うはぁ!」とか言って、は文字通り跳ね起きた。



「ぎゃ!ごごごごめん!桜乃ちゃん!?わー見苦しいものを…」

「だ、大丈夫…?具合悪いの…?」

「だいじょーぶだいじょーぶ!ただ尋常でなくしんどいだけ!」



 元気よく笑ってウインクを一つ。

 その不器用なウインクは、の顔をくしゃっとつぶして道化させただけだったが。

 元気そうな様子に違和感を感じて、でもそれがなんなのか分からなくて、桜乃は先ほど聞いた野次の代弁をしてみた。



ちゃん」
「んー??」



 部室のドアを閉めながら桜乃が聞いた。



「男子と同じメニュー辛くないの?」

「辛い」



 きっぱりと言い切るの表情は、喜の感情でふやけていた。

 桜乃は、そのギャップにしばたいた。



「でも、嬉しそうだね」

「まあ、だって」



 言いかけて、はたと何かに気づいた様な顔をした。

 そのままぼんやりと固まる



「…ちゃん?」

「う、わ!ごめんごめんね!多分休憩終わってると思うんだ!」

「え?そうなの…?」

「多分。あんまり休むと筋肉がどうのとか部長が言ってたから〜では!」

「あ、うん」



 ラケット片手に、部室を飛び出して行く彼女は快活でハイテンション。

 そんな様子に、悪いことしたかな、と桜乃は少し思ったが、タオルを取りにきたことに気付き慌てて持って部室の外に出たときには忘れてしまっていた。





























 女子部室の方からまろぶ様に駆けてくるを、リョーマは視野に収めた。


 …へぇ、またちゃんと戻ってきた。


 そこだけは、ちょっと認めてやらないでもない、とリョーマは思っていた。

 いくらが脳天気なバカとは言え(失礼)、
 楽観主義でも現実を見つめ直さざるをえない量のメニューを弱音を吐かずに笑顔でクリアしていくには、相当な根性が必要だ。



「遅かったね。もう戻って来ないと思った」



 リョーマがコートに入ったに、挑発的な言葉を掛けた。



 それには一瞬きょとんとし、嬉しくてしょうがないと言う顔をした。

 リョーマがからかうつもりで声を掛けても、はこうしてリョーマの真摯な言葉として受け取る。そのため、彼女と話すと頭のネジが二、三本抜ける、とリョーマはいつも思わずには居られない。



「えへ。ちょっと女の子同士の秘密の話しちゃって☆」

「へぇ…なに、体重とか?」

「まあそんな感じ」



 したり顔で頷くに、ホントかよ、とリョーマが鼻で笑った。

























 

 試合慣れしていないが、技術力は高い。

 相手にとって打ち易いように球を返す。

 つまりラリーの基本であるが、試合でラリーを続ける必要はない。

 勿論彼女に無尽蔵の体力があれば、相手の体力を削る目的だとも捕らえられるが、はそんなに体力がある方ではない。

 決して相手の一番苦手な場所に打ち返さない彼女のテニススタイルは、不二に似た所がある。

 どちらかと言えばカウンターパンチャーなのだが、相手のウィークとストロングに合わせてオールラウンダーやサーバー&ボレーヤーにも豹変する。


 それ自体はすごいことなのだが…試合慣れしてないせいか、技が決まらない。


 乾はのデータを纏めながら、何故技が決まらないのかを疑問に思う。


 が入部当初から、捉えてられなかった球はない。

 相手の動きを見て、ボールの変化を予測し、正確に捉えて返す。

 腕力の関係で、ラケットを弾かれたり、勢いに流されたボールがアウトになってしまうことは多くあったが。



「ふぅむ…」



 リョーマとラリーを続けるを見ながら、乾が唸った。



「どうしたの?乾」

「そうだぞ〜、浮かない顔してどした〜?」

「不二、菊丸。別に浮かない顔はしていない筈だが」



 コートで打ち合った二人が汗を拭いながら聞いてくる姿に、乾は淡々と答えた。



「じゃあ何考えてたんだ?」
についてのデータを取ってる最中だったんでな」



 視線を向ける先には、未だに続く二人のラリー。



「あれ?おチビたち、まーだ打ち合ってるのか」



 菊丸が感心した声で言った。

 不二が「長いね」とそれだけ言った。



がすんなりと終わらせてくれてやらないからな」



 と乾が言っている間に、リョーマが打った素早く下降する球をがふわりと返した。


 「あらら?」と菊丸が首を傾げる。



「もうノルマはクリアしたんだろー?」

「ああ」

「誰かが止めなきゃ止まらない、かな?あの二人は」



 どうする?と不二が菊丸に笑いかける。

 どうする〜?と菊丸が笑い返した。

 二人とも特に止める気はないらしい。


 と、リョーマの打った球を取ろうとしたが足を滑らせた。

 ボールはの手を打ち据え、ラケットがはね飛ばされた。

 それらの勢いでは、派手にすっころんだ。



ずるべしゃ!カランカラン・・・コロコロ・・


「あー…越前くんごめんー…」



 すっころんだ体制のまま謝るを尻目に、リョーマは息を整えながら彼女のラケットを拾いに行った。



「…いいよ。ノルマ、自体は、とっくに終わってたんだし」



 リョーマは、少し息切れしながら不敵に笑った。

 一部始終を見ていた先輩二人(正確には三人だが、乾は特に何も言う気はないようだ)は、ラリーが終わった二人に近づいてきた。



「越前。ラケットより、を助け起こすのが先だと思うよ?」

「…不二先輩」



 言われてリョーマは肩をすくめる。

 そんな彼を「めっ」と菊丸が、不二の影から非難した。



「そうだぞおチビ。女の子は優しく扱わないとダメダメさんだぞ」

「…菊丸先輩が優しく扱って上げるなら俺は用なしっスね」

「よしよーし、おチビは頑張ったなー」

「…俺、女子じゃないっスよ」



 菊丸に頭をぐしゃぐしゃに撫でられ、越前はなんとも言えない表情で見上げる。

 不二はのそばに行った。



「大丈夫?怪我した?」

「あ、大丈…!・・・ぶーです。はい」



 膝を擦りむいたようで、うっすら血が滲み出ている。

 は、さっと不二に気づかれないように隠したが、実際はバレバレだった。





「は、はい」

「隠してどうするの?」

「う」



 言葉に詰まりは視線を逸らす。

 にこにこ微笑む不二に黒い物を感じながら、ええーっと、とは明後日を向き、



「こんなのかすりきずです」

「クスッ…確かにそうだね」



 棒読み加減に答えるに、不二は笑った。

 立てる?と聞く彼に、ぴょんと立っては答える。

 着地した時に痛みが走ったのか、顔を歪めたが、瞬時ににこぉっと笑顔にかえた。



「大丈夫です全然!」

「そう?でも気をつけなよ。怪我したら元も子もないからね」

「はい!」



 元気よく返事するに不二は微笑を浮かべた。





















「不二、さっき乾に何を聞かれたんだ〜?」

「印象。初めて試合をしたのが僕だっただろ?」

「あーそうだった。それで?」



 言われて不二の脳裏に、あの時の記憶が蘇る。


 僕が白鯨を見せて、点を取った。

 あれは練習試合だし、一種のパフォーマンス的な気分で決めたものだが。


 の雰囲気が、一変した。


 目が。



 枯渇した欲求を渇望するような。



 愉快、憧憬、驚愕、不動、覚悟、希望、、、、、、、テニスが好きで好きで好きでどうしようもない。



 そんな目で、僕を下から見上げた。



 ぞくり、とした快感が襲ったのを覚えている。




「試合の仕方と、自分のスタイルが理解できたら、強くなると思うよ。きっとね」

「俺も。練習にあれだけ付いて来れるんだからさ」

「そうだね」








 これから、もっともっと、


 僕をゾクゾクさせてくれるだろう。















 が何を考えてるかなんて、本人もわかってないのだから、この世に知ってる人はいない。

 皆が受ける印象で、その人の人となりが決まる。

 自分を捜したいときは、自分の周囲の人達の顔を見るといい。

 自分がどういう外見なのか、見えてくるから。













・おわり・





あとがき

 5話目なので、三人称モドキで。

 ゲームのスマッシュ・ヒット!で、よく不二くんが「ゾクゾクするよ・・・」とか言うんで、試合の度に戦いてました。

 ぞくぞくって感覚はわかるんですけど、言葉にしちゃうとエロと言うか、発禁ワードと言うか・・・。



不二「の目を見ると、屈服させたくなると言うのかな・・・絶望とか動揺とかそう言うのがないから」