諦念謙虚。










 音楽室の掃除は楽しい。

 世間から隔離された気分になる。多分防音壁がそうさせるんだと思う。

 サボっても先生は何も言わないし。


 今週は私の班が音楽室の掃除担当。今日は私がジャンケンに負け一人掃除担当。ちっくしょう。


 これはもう掃除する気が起きるわけがない。


 そもそも音楽室は教室と違って、消しゴムのカスなどのゴミらしいゴミは落ちていない。

 せいぜい黒板を綺麗にするだけだ。


 なんだかそれすらも面倒くさくなって私はピアノの椅子に座った。


 まあいいじゃん。教室より綺麗なんだから。

 一度そう思うと、完全に掃除をした気になった。先生が来ても「終わりましたー」と悪びれもなく答えられそうだ。


 何気なくピアノの蓋を持ち上げると、簡単に開いたので驚いた。珍しく鍵を掛け忘れたらしい。



「……♪」



 まだ掃除の時間はたっぷり30分ある。始まったばかりだから、人は当分来ないだろう。

 そう決めつけて私はゆっくりピアノに手をかけた。


 いわいるナントカの一つ覚え。

 さっさと止めてしまったピアノだから、これだけしか覚えられなかった。

 ハ長調で、実際の楽譜に比べれば随分と子供騙しだと解っているから、人前で弾く気にはなれない。



主よ、人の望みの喜びよ。



 繰り返し無しで弾けば5分にも満たないその曲は、あっさりと終えた。

 意外と覚えてたなー、と我ながら感心していると、



パチパチパチ…



 拍手が教室の奥から聞こえた。

 ぎょっとしてそちらを見ると、



「ふふふ不二先輩!!??」



 いつでもどこでも神出鬼没、スマイルキラーの先輩が、床にペタリと座っていた。


 本当に神出鬼没過ぎますよ先輩!


 あまりのタイミングの良さに私が絶句していると「もう放課後?」と首を傾げてきた。



 ……あれ?



「先輩まさか…」

「ああ、うん。授業サボった」



 あっさりとした口調に再び絶句。

 なんだか大人だー、と頭の中の私がほえほえしてるがとりあえず無視。


 いつも通りのスマイルには、陰一つない。

 後悔も呵責もないようだ。



「何か嫌なことでもあったんですか?」



 私の中で勝手ではあるが、真面目な先輩の一人としてメモされている人なので、何か理由があるに違いないと思って聞いた。

 聞いた後に、出過ぎたかな?と少し不安になった。


 不二先輩は私の質問を受けて、うーんと少し考えたあと、



さぁ」

「はい」

「神様、っていると思う?」

「……はい?」



 唐突な質問に面食らったが、不二先輩の中では繋がった質問なのだろう。

 微笑みながら答えを待っている。

 何がどう繋がっていて、不二先輩がどんな答えを求めているのかわからない。わからないなら、正直に答えるしかない。



「いないと思います」

「どうして?」

「キリがないですし、救われません」

「キリがない?」



 不二先輩が首を傾げた。



「神様とやらが実在したら、神様を作った人が必要です。そしたらその人を作った人が必要で、そんでもってまた必要じゃないですか」



 指人形をクルクルと回しながら説明すると、なるほど、と不二先輩が笑った。



「じゃあ、世にいる天才と言う人種はどう説明する?」



 ………あ。

 そうか…そうなんだ…。

 先輩が言わんとすることが解った気がしたが、それがバレたら多分この会話は無しになりそうなので、何も考えずに私は答えた。



「そんなもの、努力しない人の言い訳です。もしくは自分の能力を見極めきれてない愚か者の遠吠えです」



 私がキッパリ言うと、不二先輩が困ったように微笑みを歪めた。



「随分手厳しいんだね、は」

「…結果だけみて、それまでの過程を認めない人が好きじゃないだけです」



 でも結局のところ、世の中結果主義だと知っている。

 練習が上手くいったところで、本番力が出せなければ全てが無意味だと解っている。



「もし、天才があるとしても、99%はどちらも努力です。あとの1%は日頃の行いVS才能ですよ」


 ガチンコです、と言って指をバッテンにさせる私を見て、不二先輩がようやくクスクス笑いだした。



「ガチンコか」

「ガチンコです」

「あっはは…」



 そうだねぇ、は面白いねぇ、と不二先輩が笑った。



「50%の天才は、80%の凡人に負けるわけだ」

「そうですそうです」

「あっはは…じゃあ頑張らないとね」

「……あの練習メニュー以上なにを頑張るって言うんですか…?」

「それはいろいろ。ちょっと前の君みたいにね」



 そう不二先輩は笑うけれど、先輩も含めてテニス部のみんなが、部活後もトレーニングしてるって私は知ってるんだ。

 知っていても、誰も自慢しないから、私は知らない振りをするんだ。










「先輩が卒業するまでに一ゲームでも制してやりますよー」

「そう、期待してるね」










 そんな会話をした夏も近づく暖かい日でした。














・おわり・





あとがき

 中学生は多感なお年頃。

 良いことをしたら、褒められたい。頑張ったら、褒められたい。

 でも、日頃から頑張ってる人は、周囲に当たり前に思われていて、出来なかったら意外な顔をされるんだよね。

 そう言うのが可愛いとか格好いいとか思えるのは、もうちょっと先の話だと思います。


不二「は面白いなぁ・・・クス・・・」