「遅刻!」
「わりぃ」
「たるんどる!」
「副部長の真似すんなよ!」
「私以外の女の子には、こういう真似しちゃだめだぞ!」
「…ウィーッス」
「で、例のちょっとやった宿題って何?」
「…読書感想文」
「よし!じゃあ私は筆跡の目立たない数学と理科をやってあげよう。国語と英語と社会はやんなさいよ」
「ん、サンキュ」
「礼は要らないよ、礼はねぇ」
「…何企んでんだよ」
「大凡気づいてる癖にぃ。じゃあちゃっちゃとやっちゃいますか」
中に入って机に向かいあって座り、私は赤也くんから数学と理科の宿題を、赤也くんは私から国語と英語と社会をそれぞれ受け取り、無言でバリバリ写し始めた。
時折寝息を立てる赤也くんの頭を張り倒したりしているうちに、あっという間に4時間が経過していた。
「ー…」
最初に痺れを切らしたのは、やはりというか赤也くんだった。
「んー?」
「腹減んないの?」
「ん、じゃあお昼にするかぁ」
「よっしゃ!」
「あ、そのページ書き終えてからね」
「…ウィーッス」
出鼻を挫かれて、多少ふくれっ面になって書き始める赤也くんを尻目に、私は目の前のノート類を片づけ始めた。
「ねえ」
「…ん」
「お弁当作ってきたんだけど」
「…アンタ、本当に何企んでんだよ」
「いやあ、ちょっと聞きたいことがあって」
胡散臭そうに私を見る赤也くんに、手が止まってるよ、と笑ってやった。
「アンタの料理、おにぎりと菓子以外で初めて食べたかも」
「…ああ、言われてみれば。だって大人数にはおにぎりが一番楽なんだもん」
図書館の外、木陰の下の芝生に座りながら私と赤也くんはお弁当を広げた。
赤也くんは特に警戒もなしに、ひょいと卵焼きを摘んで口にいれて「まあマズくはないんじゃね」と言った。
素直に美味いと言えよ。
「でねー赤也くーん」
「うわっ!気持ち悪ぃ…あんだよ」
「昨日の電話の赤也くんとどっこいだよ。…実はそっちの文化祭のことでさー」
「文化祭?柳先輩や副部長から聞いてないのか」
「ないよ。特に副部長なんて、関係ないから教えくれないだろうし」
まあそれが真田くんの優しさとは理解してるけどさ。
「ふーん。まあ貸りばっかりは気分悪ぃし、何が聞きたいんだ」
「赤也くんは話が分かるねぇ。実は運営委員のことで」
「ぎくっ」
「ぎくっ、ってなによ。赤也くんどこまで行ってんの?」
「ど…っ!行ってねぇよ!」
「そうなの?根性なし」
「…アンタさぁ…」
「ほらほら、こんなことで目ぇ赤くしない。で?」
「で、って…」
「どんな子なの?」
「どんなって…明るくていい子かな」
「柳先輩は、よく気が付くやつだって言ってた」
「あー、まあそうだな。オレにも目覚ましくれたし」
「幸村部長も、いい運営委員に恵まれたって言ってた」
「あー、幸村部長が来れない日は、電話でその日の出来事を連絡してるらしいぜ」
「真田副部長も気に入ってるみたいじゃん」
「あー、言われてみれば珍しく仕事を分担してるな。柳先輩と屋台が違うせいだと思ってたけど」
「で、赤也くんは、明るくていい子か…」
「…なぁ、なんなんだよ。何が聞きたいんだよ」
「だってさぁ、会ってまだ一週間も経ってないのに、モテモテじゃんその子。コツを教えて貰いたくてさー」
「コツってなぁ…」
「どうせ、仁王先輩もブン太先輩もメロメロなんだろうし。柳生先輩は相手が女の子なら当然」
「メロメロって…しかもアンタ今のは柳生先輩に失礼だぞ」
「じゃあ赤也くんはどうなのよ!『いい子』なんて私言われたことないよ!」
「なにムキになってんだよ。『いい子』なんてタマじゃないだろ、アンタは」
「…わかってるよー」
お箸でウィンナーをぶっさして口に運ぶ。
「だってさー、私一年以上みんなと一緒にいるけど、誉めてくれるのって幸村部長くらいなんだもん」
お弁当箱を空にした赤也くんは、赤也くん用に余分に作ったおにぎりのラップを外し始めた。
「やっぱり私も人の子だしさ、いいなーとか思ったりするわけよ」
「へぇ。アンタってそういうこと考えない人だと思ってたよ」
「普段は考えないんだけどね、他人芝は青く見えるってやつよ」
「…なんだって?」
「誰かがご飯食べてると食べたくなるってこと!」
「ふぅん」
…あれ?
私が運営委員を気にしだした理由ってそうだったっけ??
…本当のところ、柳くんのことなんて気にしてるふりだったのかな私…。
「あーチクショー!私ってやな奴!そうだ!赤也くん、私に何か言い忘れてない!?」
「いきなり大声だして、びっくりさせんなよ!…言い忘れたこと?」
「例えば、文化祭来いよ、みたいな!」
「ああ…でもアンタ来るんだろ?柳先輩が言ってたぞ」
「あのくそおかっぱーっ!!」
激情に任せて悪態を吐くと、赤也くんが飲んでいたペットボトルのお茶を吹いてむせた。「なにそれマジつぼ…っ!!」と言いながら笑い転げる。
私もつられて笑ってしまい、笑い合ったらさっきまでのモヤモヤが、まあいいか、というレベルに変わった。
散々笑って、残りのお弁当をかき込んで、図書館まで競争して、結局社会も私が手伝って、なんとか19時の閉館に間に合うまでにほとんど終わらせることができた。
終わってない部分はコンビニでコピーして。
ノート貸してもいいんだけど、赤也くん絶対持ってきてくれないからね。
「んじゃな」
「うん、なんとか31日は遊べるように頑張りなよ〜」
「おうよ、任せとけ」
あは、めっちゃ心配。
元気良く帰っていく赤也くんを見送って、私もコンビニを後にする。
あ、英語コピーしてやるの忘れた。まぁいいか。
一歩踏み出した瞬間、携帯が震えた。
…なんだこの見計らったようなタイミング。
こういうタイミングの良さは…。
携帯を取り出すと、サブ画面に『着信 ペテン師』の文字。
やっぱり仁王くんだ。本当にどこからか観察してるんじゃないだろうか。
「はい」
「よ、詐欺師」
時折仁王くんは、私のことを詐欺師と呼ぶ。
あなたと違って、誰かを詐欺に掛けたことないのですが。
「なんですかペテン師先輩」
「明日暇かの?」
「めっちゃ部活ですよ」
「相変わらずやの〜。一日くらいサボってもいいじゃろ?」
「それを決めるのは私であって仁王先輩じゃあないです」
「そうか。…まあいい、邪魔したの」
「…明日、何かあるんですか」
「お前さん忙しいんじゃろ」
「そうですけど、そこまで言われたら気になるじゃないですか」
「極秘事項じゃきに、協力者以外には教えられんのじゃ」
「真田副部長に聞いてやる」
「真田は知らんよ」
「ふぅん…文化祭関係?」
「まあ、そうさな」
「運営委員さんに聞いてやる」
「運営委員は知らんよ」
「…成る程、倫理に反することをするわけですね」
「人聞きの悪いやっちゃの。女心を利用させてもらうだけじゃ」
「十分倫理に反してますよ」
「営業戦略じゃよ」
ククッと喉の奥で笑う声が聞こえた。
営業戦略に女心を利用ねぇ…着眼点は悪くないけど、真田副部長が許さないってことは相当ふざけたことなんだろう。それこそ、ブン太くんとかの隠し撮り写真をばらまくような…ん?まさかビンゴ?
「…現像くらいなら手伝いますよ?」
恐る恐るカマを掛けてみると、如何にもニヤッと笑った雰囲気が伝わってきた。
「お前さんなら、そう言ってくれると思っとった」
「あー…今私自分の想像力を呪いました」
「呪わんでよか。大いに役立っとるよ」
嬉しいような嬉しくないような…。
「で、フィルムはどうすれば?」
「取りに来て貰おうかと思っとったんだがのう。参謀にでも任せるか」
「何時に終わるんですか?取りに行きますよ」
「そうか?悪いの。いつも通りなら19時には終わる予定じゃき」
「わかりました。19時には入り口に着いてるようにしますよ」
「おう、頼むぜよ」
プッ、ツー、ツー、ツー…
切りやがった!
言いたいことだけ言って切りやがった!!
「…はぁ」
頼りにされるってのと、使われるってのは違うものだとわかっているけど……区別難しいよなー。
まあテニスに関係ないことで頼られても嬉しくないけどさ。
明日ちょっと早く部活を終わらせてもらおう。
不本意だが幸村部長来ない方がいいなぁ…。ん、来た方がいいのか?後を任せられるし。
幸村部長…早く元気になりますように…。テニス腕が健在でありますように。
そう、宵の明星に祈りながら帰路についた夏休み最後の日曜日。
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