「はい、これが今日の分」
「ありがとう」
真田くん宅に比べれば小さいらしいが、それでも十分にでかい柳くん宅の門前で、今日の部活のデータのコピーの束を渡した。
受け取った柳くんは、それに目を通し始める。
「今日は、幸村部長がきてくれたよ」
「ほぅ、精市が」
「うん。昨日は文化祭の方を見に行ったと言っていたけど…」
「ああ、確かに。…元気そうで安心した」
「私も。制服姿の幸村くんがすごく眩しかった」
ちょっと泣きそうになった、とは絶対に教えてやらないが、言わなくても感づかれてるだろうな。
そう思うとムカついて、生け垣の葉っぱを千切ったら、窘められてしまった。ちぇ。
柳くんがペラと紙を捲る。
彼を見上げながら、私は幸村くんから聞いて気になったある単語を口にした。
「運営委員だっけ」
「うん?」
「真田くんも誉めてるんでしょ」
「…ああ、文化祭の話か。実際、良く気が付く子だ」
「ふーん…可愛い?」
「そうだな」
「でも、私は柳くんの方がしっかりしてると思うな」
「会ったこともないだろう」
「なくてもわかるよ」
「ありがとう。…慰めなくても俺は大丈夫だ」
ぎく。
ま、まあ多少無理矢理すぎたかなとは思ったけども…。あっさりバレた。
「ごめん…」
「気にするな。…お前のデータは見やすくて良いが、字は汚いな」
「…毎度毎度それ言うね…一応気にしてんだけど…」
「書道の同志からの苦言だ」
「それは、ありがたいことデスネ」
私は苦笑いで軽口を返す。
正直なところ、柳くんの苦言は頭にこない。
馬鹿にしてるわけでも、叱っているわけでもない、ただの感想だからだ。苦言でもなんでもない。
読み終えた柳くんが、満足そうに頷いた。
「明日、弦一郎にも渡しておく」
「よろしくお願いします。明日も同じメニュー?」
「ああ、その方がいいな。余り注文を付けるとお前だけでは管理しきれないだろう」
「…まあね…レギュラー陣に比べればまだマシとは言え、腐っても立海テニス部ですから…」
声を落として、ここんとこの練習風景を思い浮かべる私に、柳くんが、フッ、と笑った。
「苦戦してるか」
「わりと。まあもう要領は得たからいいけど。文化祭はいつまでだっけ?」
「9月4日だ。3日、4日と本番だからお前も来るといい」
「うん、そうだね…」
結構みんなと会える時間が空くんだなぁ…。
それにしても、文化祭に第一に誘ってくれたのが柳くんなんて…なんだかなぁ…不満じゃないけどちょっと寂しいような。
「どうした、」
柳くんの声にはっと我に返る。
「ご、ごめん、ぼーっとして。まあ文化祭の方頑張ってよ。真田くんがいるんだから、たるんだ事にはならないと思うけど」
私がそう言って笑うと、柳くんも笑った。
「では、おやすみ」
「うん、おやすみ〜」
そう言って私は家に帰った。
今更ながらに思うことだが、別れの挨拶が「おやすみなさい」ってふつうなら結構恥ずかしいよね。
柳くんだから平気なんだろうけど。
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