見つめてくる貴方に私はただ苦笑をするだけ

















 テニス部のマネージャーをやっていて、困ることがいくつかある。

 そのうち、一番厄介なのは、女の子からのやっかみだ。

 うちのテニス部は、そもそもマネージャーを募集しない。

 私が入れたのは柳くんと、何故か事情を知っていた幸村くんのおかげだ。

 女子テニス部に知り合いがいなかったので男子テニス部に行っただけ。それ以上の意味はない。

 それでも、運動部にマネージャーとして入りたがっている女子は、それ以上の理由を持っているから、私をやっかむ。

 教科書は一度一冊盗られてから、面倒だが長時間教室を離れる際はカバンに入れて、持って移動する。

 持ってくるノートは盗られても良いように、ルーズリーフに変更した。





 赤也くんは、よく喧嘩してる。

 同学年より上級生にシメられている時が多い。

 見つける度に止めているが、初めて止めた時は、私も反射で動いていたので、相手と赤也くんの間に入ると言う阿呆なことをやらかした。

 相手の拳が私の頬にヒットし、赤也くんの蹴りがわき腹に当たった。

 歯を食いしばるのを忘れていたので、咥内を切ってしまった。まぬけだ。

 女子を殴ってしまったことに、青ざめた相手がさっさと居なくなってくれて良かった。

 赤也くんは、なんだかふてくされていた。

 口の中が痛いのを我慢して「喧嘩しないでよ」とだけ言った。

 「アンタには関係ないじゃん」と赤也くんが明後日を見ながらぼやいた。

 「大会出れなくなったらいやだよ」それ以上喋れなくて、やめた。



 とにかく赤也くんも初めは学校に居づらかったようで、昼休みとかの避難場所はお互い似たようなものだった。






 そういえば、その時、流石にこのままじゃ教室に行くのも部会に行くのも辛いので、保健室に行くことにした。

 初めて入る保健室は、小学校のものと変わらない気がして、変に安心した。

 そして、確か、仁王くんがいたのだ。

 さぼりの延長で、保険委員をやっているらしい。



「おー、、なんじゃその顔は」



 私が開けたドアの音に気づいて、ベットから上半身を起こした仁王くんは、私の顔を見て、ただそう言った。



「いひゃいんれふ」

「そりゃそうじゃろうな。とりあえず口ゆがいて、顔洗うぜよ」

「ふぁい」



 洗面台に写った顔を見て、ちょっと困った。腫れてる。みっともない。

 口を濯いで、顔を洗うと、仁王くんがタオルを横から差し出してきた。受け取って顔を拭く。



「ほら、これでも貼っときんしゃい」



 と、私の頬に冷えピタを貼った。



「つみぇたいれふ」

「そりゃそうじゃろうな。こっちきて座りんしゃい」

「ふぁい」



 仁王くんに言われるままに、丸椅子に座る。

 仁王くんは、ピンセットで消毒液が染みた丸い綿を摘むと、ちょいちょいっと私の口端をそれてつついた。

 すごいしみるが、ぐっと手に力を入れて我慢する。

 ペチっと絆創膏を貼られ「ほい、終わり」と言われた。



「誰に殴られたんじゃ」

「なんで殴られたって解るんですか?転んだかも知れませんよ?」

「転んで出来るにしては器用な怪我やの」



 そう言って、よしよし、と私を撫でた。



「痛いんじゃろ。犯人言ってみんしゃい」

「実は、全然名前も知らないんです」



 笑おうとして、ピリッとした痛みに顔をしかめた。失敗。



「だから、仁王先輩に殴られるよりいたくないですよ」



 穏やかな空気に絆されて、意味不明なことを口走った私に、仁王くんは「殴った覚えはないんじゃが…」と苦笑いした。

 そして、苦笑いする目の奥にある慈愛に見つめられ、私はどうすることもできずに、何故か苦笑いを返した。











 よく考えれば、まともに喋ったのがそれが最初で。

 あんなに空気が優しかったのは、あれが最初で…今のところ最後だ。