手に入らないくらいなんでもありません
















 赤也くんは短気。同学年のせいか、よく言うことを聞いてくれない。

 言うことを聞いてくれないと言えば、仁王くんもだ。要領がいいと言うか、隙を見てサボるのが巧い。

 要領と言えば、柳生くんは要領が悪すぎる。他人に優しいのはわかるけど、自分の体は一つしかないってことをいい加減分かって欲しいな。

 優しすぎると言えばジャッカルくんもそうだけど、柳生くんと彼の優しさはなんか違うんだよね。まあジャッカルくんはもう少し他人に厳しくてもいいと思うけど。

 厳しいと言えば、丸井くんとの会話チョイス。丸井くんとは食べ物とテニスの話以外したことがない。それ以外は、話そうとするたびにどこかへ行ってしまうし。



 なんてことを、柳くんに漏らしたら、相変わらずお前は手厳しいな、と笑われた。



 立海大男子テニス部マネージャーになってはや一年。

 色んなことがあって色んなことに慣れたつもりだったけど、一年が入るだけで、こんなにも雰囲気が変わるとは思わなかった。

 何より同学年は、一年の頃とあんまり変わってないように感じるせいか、頼れる人が減ったと言う不安感が大きい。元三年生カムバック!








のやることに、特に変更があるわけではないだろう」



 そう言った内なる不安を柳くんに打ち明けると、しれっとした返事が返ってきた。



「そうだけどもー…柳先輩は思ったりしないのー?」

「…『先輩』を付けるのは慣れたようだが、二人だけになると敬語が取れるのがまだ治らない方が俺は心配だが」

「最初は嫌味も含んでたからねー『先輩』は。…っと、すみません、気を付けます」

「嫌味が取れて良かったと言うべきか。それより、これが今の一年のタイムだ。整理を頼む」

「はい」

「それと並行して、三年のタイムを任せたい。…25分に集合を掛けてあるからよろしく頼む」

「はい。うぅ、副部長が二人いて欲しいですよ…仁王くん真面目にやってくれそうにないですよ…体力造りなんて…」

「精市がいるだろう」

「部長はちょっと怖すぎるんで、副部長くらいがちょうどいいんですよ。大体今いないじゃないですか」



 私の戯言に、そうだな、と軽く相づちを返すと、柳くんは、任せたぞ、と言いながら持ち場に帰って行った。

 私は渡された用紙を抱え、柳くんをぼんやり見送ってから、記録本とストップウォッチを探して、部室を飛び出した。

 暑い。
 全く、四月は11月の気候と変わらないなんて言ったやつはどこのどいつだ!

 青空に悪態を吐きながら、ずかずかとグラウンドまで行く。時間より少し早いが、珍しくほぼみんな集まってた。

 私に気づいた仁王くんが、片手を上げて挨拶してきた 。



「よ、マネージャー」

「仁王先輩、珍しいですね。一年がいるから張り切ってるんですか」

「そういうわけじゃないんじゃがのう」



 わしっていつもそんなんかの?と空っとぼけて仁王くんがぼやく。

 そんなは仁王くんを放って置いて、私は三年の人数を数える。ひのふのみ…ん、珍しくみんな揃ってるな。



「じゃあ今から持久走のタイム計るんで、整列してください」



 ダラダラと並ぶのは、基本的にレギュラー陣。テニスに必要なことでも、『テニス』でないとやる気がでないのは三年レギュラー陣の悪い癖だ。(もちろん三強は除く)

 全く、誰かコイツラからレギュラーの座を奪ってやれ!



「えーっと…とりあえず1500なので、ラスト一周になったら声かけますね」

「なーなー、マネージャー」

「はい、ブン太先輩」

「タイム良かったらガム買ってくれろぃ」

「ここがテニス部じゃなくて陸上部なら話は別だったと思いますよ。…じゃ、スタート!」



 ブン太くんの舌打ちが聞こえたが無視して、ストップウォッチをカチっと鳴らした。

 タイム…遅くて4分くらいかな…まあその間に一年坊の記録を整理しとくか。

 電卓を出して平均値などを計算していく。

 炎天下でこういうことをしてるのは端から見れば滑稽な気がするだろうが、私は気にする玉ではない。

 んー…やっぱり赤也くんは持久力は若干劣るのかな…瞬発力はいいのに。

 持久力だけなら、一年坊に追いつきそうなやつがいるぞ。

 なんてことをしている間に、トップが通る度に地面に書いていた線が5本になった。

 「ラスト一周!」と声を掛け、立ち上がってズボンについた砂埃を払った。



カチ、カチ、カチカチ…

「4…5、6…7…」



 ゴールした順に番号を呟きながら、ストップウォッチに記録を刻んでいく。

 初めは慣れなかったこの作業も、今じゃお手のものだ。少しは役に立てるようになったのが嬉しい。



「…よし、お疲れ様ですー。…ほら、止まってないで歩いてください!筋肉腐りますよ!」

「分かってますよ。ところでくん、私のタイムは如何でした?」

「柳生先輩」



 の恰好した仁王くん。

 さっきは気づかなかったんだけど、仁王くんと柳生くんはどうやら入れ替わってるっぽい。タイムが如実にそう告げている。

 まだまだ爪が甘いぜ、ペテン師&紳士!

 まあ柳生くんの恰好した仁王くんは真面目だし、仁王くんの恰好した柳生くんは大人しいからマネージャーとしては楽チンなんだけどな。

 しかし、まあこの入れ替わり攻撃は、このダブルスの売りだから言わないわけにはいかないか。



「ちょっとお互いタイムを勘違いしてる節がありますんで、微調整が必要だと思いますよ」

「……プリッ」



 柳生くんのメガネの向こうのペテン師の目が宙を仰いだ。バレた?とでも言いたいのだろうか。

 しかし、柳生くんの顔で「プリッ」とかすごい違和感があるわ。



「ほら、柳 生 先 輩も一周歩いてきてくださいね」



 わざとらしく『役名』を強調したあと、仁王くんに「柳先輩のとこに行ってくるんで、一周回ったら筋肉解して置いてください」と言い、私は報告の為に駆けていった。

 副部長は入部したての一年坊に構いっきりで、柳くんが二年生、私がその他三年生を構っているような状態だ。

 入部してすぐに、真田くんの洗礼を受けるなんて、哀れ…じゃない、光栄だよね!



「柳先輩」

か。終わったのか」

「そりゃあ持久走ですから。とりあえず今はストレッチさせてますけど…あと二、三本走らせます?」

「ああ、言ってなかったか。計三本になるように頼む」

「了解です」



 用紙に「×3」とメモしながら、ちらっと一年の練習を見る。



「どうした?」

「柳先輩、寂しい?」

「そうだな。だがまあ仕方ない」



 問う必要のないと分かっている問いに、柳くんは律儀に答えてくれた。







 そう、私と幼なじみの柳くんは諦めなければならなくて、諦めきれないものが一つずつある。

 私は、腕の故障でリハビリしても前と同じようにはテニスできないと診断され(しかも、そのせいで一年ダブリ)けどテニスに関わることは諦められなくて今こうして無理矢理ここにいる(本当はマネージャーとかあんまり要らないらしい)。

 柳くんは、真田くんが好きで、でも真田くんは男だから無理で、でも愛することをやめられない。

 テニスができないと聞かされ荒れた時、柳くんの告白を聞いて、自分のことも「ああ、そういうこともあるんだ」となぜか静かに納得できた。
 なんか自分のことより重い気がしたのだ。



「まあ今週で一年優遇期間なんて終わりっすよ!」

「…そうだな。…ああ、三本終わったら素振りを。後は合同で指示を出す」



 いきなり話を打ち切られたが、いつものことなので気にしない。

 私は一つ返事をして持ち場に戻った。

 いつも、本当はこういう話をするつもりはなかったのに、と打ち切られてから反省する。

 柳くんだって、時折羨ましそうにみんなを見ている私に何も言ったりしないのに。

 私はグラウンドに戻り、ぶつくさ言う部員共を笑顔で黙殺して言われた指示をこなした。








 そんなこんなで私の毎日は過ぎていく。
 幸村部長が入院したり、多少ハプニングがあっても、こんな日が続いていくのだと、自覚しなくても頭の隅で信じていた。