携帯の軽やかな着信音が鳴った。
「はいはーい」
誰とも無く返事をして、私はベットの上に置いてある携帯を取った。
メールが一通。
クラスメイトからだ。
『3-6の不二周助くんが亡くなったそうです』
一行目を見て、私は目眩に教われへたり込んでしまった。
周助…が…亡くなった…?
え…?
亡くなったって…死んだって…こと?
頭が真っ白になり、私は気が付いたら周助に電話していた。
「お掛けになった電話は電波の届かない場所にあるか…」
電話に周助は出なかった。
何度やっても何度やっても、周助は出なかった。
あんまりにやっても出ないので、笑いがこみ上げてきた。
質の悪いドッキリ?
私は菊丸くんに電話した。
一度、周助が携帯を忘れたから、と言って電話してきたことがあって、その時何気なく登録したのだ。
「……はい」
「あ、菊丸くん?です」
「あ、ああ…、大丈夫?」
「なにが?それより菊丸くん訊いてよ、今ね質の悪いメールがきてね、周助が死んだって、周助電話に出ないんだけど菊丸くん近くにいる?」
「…」
「なに?いるの?」
「不二、は、本当に死んだんだよ…」
気が付いたら目覚ましが鳴っていた。朝だった。
私と周助は付き合って半年。
テニス以下スポーツ万能、成績優秀、いつも絶やさない笑顔で、周助は随分モテていた。
だから、なんとなく私は付き合っていることを内緒にしたくて、周助も苦笑いしながら承諾してくれていた。
だから、私たちが付き合っていることは、学校の誰も知らなかった。
二人が付き合っていた証なんて言う物もない。
周助は部活が忙しく、一緒にどこかに出掛けることができなかった。
せいぜい一緒に帰るくらいで。
ああ…二人でとったプリクラがある。
誕生日プレゼントはあげたばかりで、まだ貰っていない。
私と周助の日々の証拠は、あの小さな長四角のシールが全てだ。
情けなさに笑いすらこみ上げてくる。
一体誰が信じると言うのだ。
息を引き取る瞬間に、立ち会えなかった女が彼女?
彼が生死をさ迷っているとき私は一体何をしていた?
虫の知らせすらなかったのに?
握ったままの携帯を、ギシギシ言う腕で視界まで持ってくる。
それでようやくメールを読むことができた。
笑いながら、葬式の日時を読んだ。
3-6の生徒、テニス部員、その他の友人たちが彼のお葬式に来ていた。
私はその殆どを彼から訊いてとてもよく知っていた。
あれは、氷帝学園の跡部さん。あの人は、六角中の佐伯さん。そんな風に多分全員言える。
周助の口から出ることは殆どテニスで、仲間やライバルや試合のことを語る彼は、輝いていて楽しそうで、どこにでもいる中学生みたいで、可愛かった。
話終えて、テニスの話ばかりでごめん、と情けなさそうに謝る姿が愛しかった。
ちっとも苦じゃなかったのに。
気にかけてくれている、それが凄く凄く嬉しかった。
3-6の知り合いが、私を少し不思議そうに見ていた。
そりゃあそうだろう、と自分を嘲笑う。
私と周助は二年生の時同じクラスだったくらいの接点しかない。笑ってしまう。
今も不思議に思う。なんで私に告白してきたのか。
訊いたら、だからだよ、と臆面もなく言ってのけた。
嬉しかったのに、恥ずかしくて、理由になってない!と怒って困らせたっけ。ごめんね周助。
周助は交通事故で死んだ。
トラックが歩道につっこんできたらしい。
弟の裕太くんと一緒に歩いていたらしいけど、周助が裕太くんを突き飛ばしたから裕太くんは引かれなかったらしい。
周助、裕太くんが大事だっていつも言ってたもんね。
事故にあった日だって、私と会う時よりうれしそうに、寮生で滅多に会えない弟が帰宅するんだ、と私に言ってきた。
だから一緒に帰れない、と謝ってきた。
私と弟どっちが大事なの?と膨れて訊けば、真面目な顔をして、、と言ってきた。
真面目過ぎで、明らかに茶化していた。
そりゃあそうだろう。比べるジャンルが違い過ぎる。
私はウソツキ!と泣き真似をしてダッシュで帰った。
周助はちゃんと冗談だとわかっただろうか?
毎度のじゃれあいだけれど、反応がないと不安になるよ。
3-6の誰かが代表をして、周助について語った。
当たり障りのない言葉を、私はぼんやりと聞いていた。
棺桶に花をみんなが一輪ずつ入れていった。私も参加した。
周助の棺桶に、白い着物をきた白い周助が眠っていた。
手術でお医者さんが奮闘した後だろう、周助はハゲてた。
傷を隠すように包帯が巻かれていたけれど、どう見ても髪の毛はなかった。
それでも綺麗だから笑ってしまう。
化粧がしてあるせいか、細かい傷が気にならなかった。
花とラケットに包まれた周助は、おとぎ話の眠り姫のようだった。
ちゅーしたら起きるかも。そんな思考が脳裏を掠めた。
花を入れるとき、プリクラを一枚忍ばせた。
勝手な自己主張。
私が内緒にして!と言い張ったのに、ああ、周助に笑われてしまう。
いいの?いいの?と言って笑うだろう。彼は。
そう思ったのに、彼は起き上がりもせずに澄まして寝ているばかりだった。
後ろの人に押されて、私はお姉さんたちに挨拶して、席に戻った。
周助の棺桶の蓋が閉まり、親族がコンコンと釘を打っていった。
私はそれをぼんやりと見ていた。
そして火葬場に移動になった。
火葬場で、周助の棺桶はワゴンに乗せられている。
周助?周助?そろそろ出てこないとヤバいんじゃない?
私はハラハラした。
職員が、周助の棺桶を、装置の中に入れた。
そして、蓋を閉めた。
私は慌てて駆け出した。
「やめてやめて!周助を燃やさないで!」
職員さんが私にぎょっとした。
「熱がってる!周助が死んじゃう!やめてやめて!可哀想!!」
「!」
誰かが私の手をつかんだ。
なに?やめて、邪魔しないて。周助が燃やされちゃう!
「燃やさないで!!やめて!!」
「!!」
私は誰かに連行された。抵抗したけれどかなわなかった。
「周助えぇええぇえええ!!」
伸ばした手は、悲しいほど届かなかった。
連行された部屋で私は泣いていた。ずっと泣いていた。
私を連行してきたのは、菊丸くんだった。
泣いている私のそばで何も言わずに居てくれた。
「不二、さぁ…」
唐突に、菊丸くんがポツリと呟いた。
「が初恋なんだってー…」
私は驚いて顔を上げた。
菊丸くんがこっちを見て、泣きそうに笑った。
「は内緒にしろって言ったんだろ?
不二は自慢したくて仕方なかったみたいでさー…
には内緒って言って、俺にだけ教えてくれたんだ」
でも俺に言ったのは不二がのこと好きだってことを俺が知ってからだし、他には言ってないと思うよ、と付け足した。
""
"テニスになら好きって簡単に言えるのになぁ…"
"明日の試合…見に来てくれるかい?"
"今日遅くなるから先に帰っててくれる?怒らないで、ごめん"
"…一生…大切にするよ。本当にありがとう"
"君の専属カメラマンになるから、他の人に撮らせたりしないで"
""
"…"
脳がパンクしてしまったらしく、周助の言葉が溢れ出て止まらなくなった。
私は周助の名前を呼び続けて、またひたすら泣いた。
こっそり二人でお弁当を食べた屋上へ続く非常階段。
私はそこに座って周助を待った。
チャイムが鳴って、やっと気付く。周助が二度とここに来ないことに。
私はふらふらっと屋上に登った。
以前、付き合う前に、子猫を木から下ろそうと登って、降りれなくなってしまったことがある。
そこにたまたま周助が通り、私を見上げて、何の躊躇いもなく、「飛び降りておいで」と言って両手を広げた。
「『受け止めてあげるから』」
屋上から下を見ると、アスファルトから立ち上る陽炎が揺らいで、誰かがいるように見えた。
「『僕を信じて?』」
周助。
この世界から、あなたの元へ飛び降りたいの。
受け止めてくれるよね?
初夏の風は涼しかった。
・おわり・
あとがき
なんかもう最近、人が死んでも、葬式で棺桶に釘を打つまで、悲しさが浮かんできません・・・。
結局菊丸の努力は徒労で終わりました。合掌。
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