満面の笑みで「死にたい?」。










 

 

 僕は、君が好きなんだ。

 どうしたら、わかってくれるの?

 どうしたら、好きになってくれるの?

 どうしたら、僕だけのものになってくれるの?

 ねえ、・・・。









 きっかけは、一瞬で。

 それが、全てだった。



 今でも、鮮明に思い出せる。

 あの、ぞっとした瞬間。

 手にしていた風船が飛んで行ってしまったような。

 持っていたコップを落としてしまったような。


 取り返しの付かない、感覚。






 私が悪い。

 自虐でもなんでもなく、分かっている。



 あの時、友達とふざけ合っていた私は、廊下で歩いていた不二くんの背中にぶつかってしまった。

 不二君は不意を突かれてよろめきそうになり、壁に手をついた。

 たった、それだけ。

 それだけだったのに。



 不 二 君 の 手 は 動 か な く な っ た 。



 「痛い・・・」と言う小さな呟きが聞こえて、私は慌てて謝った。

 謝る私に「大丈夫だよ」と答えながら、それでも不思議そうに腕を見ていた。


 動かない利き腕を。


 その後チャイムがなり、クラスが違う私は、別れと謝罪を告げて教室へ戻っていった。

 そのときは、重大なことをしでかしたことに気づいてなかった。

 友人と「失敗失敗」と言い合いながら、不二君と会話出来たことに、喜びさえ感じていた。



 次の日、不二君が入院したことを噂で知った。



 腕の筋がどうの、とか、神経がどうの、とか。

 噂は明確な症状を運んできてはくれなかったけど。

 『腕』を、どうかしたことは確かのようだった。

 噂を聞いても、それが自分の行為の結果だとは思わなかった。

 テニスどうするのかな、続けられるといいな、などとただ心配していた。



 トイレで、あの時一緒にいた友人が、囲まれているのを見るまでは。



 面々は不二君のファンクラブの人たちで、私はぎょっとして駆け寄った。



「アンタのせいよ!」



 一人がそう言った。



「アンタが不二君の腕をダメにしたのよ!」



 そうよ、そうよ、と口々に声が上がる。

 私は慌てて囲いの中に入った。

 友人を背中に守り、これはどういうことか、を尋ねる。

 私の姿を見て、鬼の形相が更に険しくなった。



「アンタもグルだったのね!」



 何のことか分からなかった。

 ぽかんとしていると、頬を引っ叩かれた。

 痛みに、頭に血が上りかけた時、



「昨日、不二君にぶつかって、腕を壊させたくせに!」



 しらばっくれるつもり!とヒステリーな声が上がる。

 昨日?

 思い当たることが一つある。

 どきん、どきんと鼓動が激しくなる。背筋がゾクっと寒くなった。

 まさか、あの時の・・・。



「わ、私は悪くないっ!」



 後ろで声がした。



「ぶつかったのはでしょ!私は関係ない!」



 叫んでいたのは友人だった。



 そ ん な こ と ・ ・ ・



 ない、なんて言えなかった。

 いろんなことがショック過ぎて、思考がマヒしていた。



 私が悪いの?



 その後先生が来て、回りは慌てて散らばっていった。

 私は逃げていく友人を横目で見ながら、

 その場を離れることが出来ず、ぼんやりと固まり続けていた。












 教室に戻っても授業は身に入らず、ぐるぐるとあの時の情景が頭を巡って離れなかった。

 放課後もぼんやりと席に座り、窓の向こうから聞こえる部活動の音に耳を傾けていた。



 あの中に不二君はいない。



 お見舞いに行こうとして行けなかった。

 怖くて、行けなかった。


 ファンの子達に囲まれたことはあっという間に噂になった。

 白い目で見られたり、同情されたりと反応は様々だった。

 それと並行して、不二君の怪我についても情報は流れた。



 手術して、リハビリを頑張れば、腕は動くようになるけれど、



 テ ニ ス を 続 け る の は 難 し い ら し い 。



 その言葉が耳を掠める度に、ガツンと頭を殴られたような衝撃が走る。

 先生に呼び出されることも、不二君の家族に呼ばれることも、何もないから、本当の事実は違うのかもしれない。



 でも。



 怖くて、真相を確かめにすら、行けなかった。









      



 私以外誰もいないはずの、黄昏が占める教室に、聞いたことがある声が響いた。

 びくっと心臓が飛び上がる。

 声がした方を、おそるおそる振り返ると、出入り口に人が立っていた。



「ふ・・・じ・・・・くん・・・・」



 声は出た。

 体は動かない。

 不二君は、パジャマ姿だった。


 入院・・・・。


 痺れた脳に、その二文字が現実味を持って浮かび上がる。







 もう一度呼ばれる。

 ガタっと、慌てて席から立ち上がった。



 怖い。



 血の気が引くってこういうことを言うんだ、と認識する。



「どうしたの?」

「ふじくんこそ・・・・」

「僕?僕は・・・・に会いにきたんだよ」

「!!!」



 一歩ずつ近づいてくる不二君から離れるように、私も自分の席からじりじりと後ずさる。



「お見舞い、来てくれなかったからね」



 責める風でもない言葉は、淡々としていて今の私には逆効果だった。



 怖い。



「どうしたの?



 微笑む不二君が、怖い。


 いつもの笑顔とは違うように見得るのは、私の罪悪感のせい?

 悲しすぎて、微笑むしかなくなったような、そんな笑顔。



「ねぇ、どうしたの・・・?」


「こな、来ないで・・・っ」



 私の口から漏れた言葉に、不二君はピタっと止まった。



「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!!」



 頭を抱えて座り込む私に、不二君の静かな言葉が降ってきた。





「 君 も 、 僕 か ら 遠 ざ か っ て い く の ・ ・ ・ ? 」





 不意に、脳に警鐘が鳴り響く。

 チャリッと言う金属音に違和感を感じて、視線だけを上げてみる。



「!!!」



 手に握られていたのは、カッターナイフ。

 チ、チチチ、と言う音を立てながら、刃が、伸びていく。



「不二君!!」

「なに?」



 思わず叫んだ見たが、不二君はうっすらと微笑むだけで、刃を十分な長さになるまで出した。



 怖い。


 怖い。



、僕ね。もう、テニスできないんだってさ」

「ごめ、ごめんなさ、ごめんなさい」

「僕さ、そんなに悪いことしてないと思うんだよね」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!」

「神様は何が気に食わなかったんだろう」



 ひたすら謝る私を、不二君は見向きもしない。



「テニスだけじゃなく、僕からまでも遠ざける・・・」



 え?

 不二君を見ると、カッターナイフを振り上げて笑っていた。



「!!!!」



「ふ、不二くん、や、やだ、ごめんなさ」

「好きだったよ」



 問答無用で振り下ろされたそれに、思わず私は眼をきつく瞑った。








 ぷつ、、、しゃあああああああああああああああああ、、、、、








「あつ・・・っ」



 酷く暖かいものが一心に降り注いだ。

 嫌な匂いと味がした。

 顔や髪がべっとりとしたもので濡れ、目を開けることが出来ない。

 何かがどぉっと倒れる音と、がしゃがしゃんっと椅子や机が倒れる音がした。



 何かって・・・・?


 何かって・・・・私以外にここに居たのは・・・・・。








「居ヤァ嗚呼あああああぁあぁぁぁああぁああ!!!!!!」












 

 

 僕は、君が好きなんだ。

 どうしたら、わかってくれるの?

 どうしたら、好きになってくれるの?

 どうしたら、僕だけのものになってくれるの?

 ねえ、・・・。



 ああ、分かった。

 僕が君の物になればいいんだ。

 僕をあげるよ、

 だから、どこにもいかないで。















・おわり・




あとがき

 当初の予定と違う話になってしまい、頭を抱えています。なんじゃこりゃ。

 不二先輩は、テニス以外にカメラがあるので、
 もしテニスの道が絶たれても、ぶっ壊れたりしないような気がします。



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