「頑張れ、って言葉。私はキライ」
軽い気持ちで、相方に仕事を押し付けられて置いて行かれた日直の片割れに「まあ頑張りんしゃい」と言ったら、真田みたいな目で睨まれた。
「…………」
いつもならさっさと部活に行くので、こんな風に人の少ない教室に居ることは俺にとっては稀なことだ。今日は帰りの会が先生が来れない為になくなり(一応あったが、監視がなければ真面目にやるわけがない)いつもよりずっと早い下校となった。
だが、勿論他の教室はHRの真っ最中。さっさと部室に向かった所で、鍵を持っている奴はまだ行ってないだろう。
だったらストーブが点いてる暖かい教室に時間ギリギリまでいた方がいいな、と判断し、ストーブの近くの席(確か鈴木だか佐藤だかってやつだったの)に鞄を持って座っていたら、2つ後ろの席の辺りから男子と女子のやり取り(痴話喧嘩かと思った)が聞こえ、振り向けば逃げた男に彼女が悪態を吐きながら、バシンと日誌で机を叩いた所だった。
彼女の状態から状況を察し、目があった以上何も言わない訳にもいかず、適当に当たり障りのない台詞を吐いたら、現在に至ったと言うことだ。
「…そりゃあ、悪かったの」
他意のない応援に噛みつかれて、あまりいい気分がしなかった。適当に詫びて(詫びるのもどうかと思うが、喧嘩を買うのも馬鹿馬鹿しい)ストーブに向き直る。
「仁王くんに応援されると、なんかバカにされてるみたい」
せっかく話に終止符を打ってやったのに、日直は愚痴のように聞こえる音量で呟いた。ガタンと彼女が乱暴に座った音と重なったから、聞き間違いかもしれない。
口が滑ると言うこともあるしの。俺は発言を無視して、ゆらゆら揺れるガスの炎を、机に突っ伏して見ていた。
「仁王くん、聞いてるの?」
…どうしてこの女は、こうも人の好意を無視するのか。
「頑張れ」なんて、仏心を出したのが間違いだったか。何が正解じゃったんかのぅ…「災難じゃったの」「どんくさい奴じゃの」「要領が悪い奴じゃ」…いかん、後半はあからさまに喧嘩売っとう。
「聞いとるよ」
返事してやった。妬み嫉みなら既に聞き飽きてる。
ヒーリング系とはいかないが、BGM程度になら聞き流せる。
…この席はいいのう。ストーブぬくい。
スリッパを脱いで、冷えた爪先をストーブに近づけた。
どうせこうくるんじゃろ?「仁王くんは要領もいいし」「なんでもできるのに」「どうしてまじめにやらないのかな」どうせそんなとこなんじゃろ?
「仁王くんは要領いいよね」
ほら。な。
つま先同士をこすり合わせる。じわじわ暖かくなってきた。
「スポーツもできるくせに、勉強もできるし」
ちらっと時計を見上げて見る。
んー、予定時刻まで、まだ10分くらいあるのぉ。
「そんなに頑張ってる人に『がんばれ』なんて言われても、重くて重くてどうしようもないよ」
・・・・ん?
「あー、ムカつく。どうせ私の頑張りなんて、仁王くんにとってはまだまだ『序の口』なのね」
嘆く彼女の声を後ろに聞きながら、俺は上半身を起こす。
悪態は悪態に違いないのだが、なんだか想像していた物と方向性が違っているような気がした。
「お前さん、なんか頑張っとったのん?」
(ん、これも喧嘩売っとるか?)などと思いながら振り向くと、日直が少し驚いたように目を見張り、続いてニヤリと笑みを見せた。
「何を頑張ってたって?そりゃあもちろん」
彼女の机の上の日誌は、既に書き終えている。
彼女が両手を広げるので、釣られて教室に目を向けて。
「ね。今、ここには、仁王くんと私しかいないの」
窓ガラスが寒そうに曇って、暖かい教室の蛍光灯の光を反射させていた。
幕
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拍手ありがとうございました!
ニオちゃんは、猫みたいなので、庭駆け回らず、コタツで丸くなる子だと思っています。
東京の、しかも私立の学校にストーブなんてあるのかしら?とか思っても忘れてください。
なんか色々中途半端なお礼でごめんなさい・・・。
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