1.売られた喧嘩




















「おやぁ。陸儀さん、今日もいい天気ですねぇ」


 にやにやと、棘はないが気持ち悪いくらいに馴れ馴れしく、私の昔の名を彼女は呼んだ。

 確かに今日は天気が良い。

 昼食は、少し遠乗りして何処か気持ちの良い木陰で食べようか、と考えていたくらいだ。

 天気が良いとやれることが増える。仕事が捗る。喜ばしいことだ。

 だから、とても気分が良かった。


「おはようございます、殿。訂正させてもらいますが、私の名前は陸遜です。」


 この人に話しかけられるまでは。


「おはようございますぅ」


 道着姿のは、鍛錬の帰りなのだろうか、頬から汗が滴っていた。それを手の甲で拭いながら、非常にゆっくりとした態度でコチラへと歩み寄ってきた。

 そして、彼女はいつも通りの人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、挨拶だけを返してくる。

 イライラする。

 この態度も、この笑い方も、語尾を引く話し方も、・・・存在自体にイライラ来る。

 と出逢ってから、通算286回目だ。この人のことが私は大嫌いなのだと確認するのは。

 意外と少ない?

 いや、まだ出逢って7日も過ぎていない。他の人で、ここまで何度も確認するような人はいない。


「ココは"外"ではないんですよ。軽々しく陸儀などと口に出さないでいただきたい」


 思わず口を吐いて出た非難する言葉。

 顔が能面になったようだ。顔面の筋肉が、無表情を保ったままピクリとも動かない。

 私の言葉に、廊下の石に足を掛けたは、にやぁと笑い、





 姿が消えた。





「!」




バシ!!



 反射的に、右手を挙げて頭部側面を防御すると、小気味良い音を立てて、強い衝撃があった。

 衝撃の主はの足。飛び蹴りを咬ましたのだ。

 右手での足を押しのけると、彼女は落ちてゆく上体を捻り、逆の足で左側を狙ってきた。

 私はそれを屈んで避け、手で床を弾きその反動で地面に降り立とうとする彼女のわき腹めがけて、低い姿勢から蹴りを入れる。

 が、間一髪彼女の反応が早く、私の足は宙を蹴り、彼女はすとんと地面に降り立った。

 蹴った反動のまま、軽く回転して立ち上がると、はニヤニヤ笑いながら、コチラを見ていた。


「反射は鈍ってないみたいですなぁ。陸儀さん」


 悪びれた様子もなく、とんとん、と爪先で地面を削りながら彼女が言う。

 大仰に「感心感心」と頷く姿は、嫌味にしか取れない。いや、実際嫌味なのだろう。彼女に蹴りは当たらなかったのだから。

 彼女の声が、思考する力を奪っていくのを自覚した。




 こ の 生 き 物 を 目 の 前 か ら 消 し た い 




 真っ白な頭の中にそれしか浮かばなくなった。

 すると、その思考を読んだかのように


「いい顔してますぜ、陸儀さん」


 そう言って、くるりと背を向け、ひらひらと手を振って、去っていった。

 その後姿を暫く見つめ、少し痺れる右腕を、左手できつく握り締めた。











「いつまで、昔の名で呼ぶのか・・・あの人は・・・・」



 姿が見えなくなってから呟いた言葉は、いつもの平静さを取り戻していた。















あとがき


 こういう酷い夢小説が、世の中に一つくらいあってもいいと思う。

 ・・・だめっすか?

 陸遜と殺し合いしたい人用!(ぇ)

 読んでくださってありがとうございました!