私は。
雅治くんの部屋にある人形である。
本当は、雅治くんの為に作られた人形じゃないのだけど、お姉さんにいらないって言われちゃったので、私は雅治くんの部屋にいる。
結構古いから、いらないって言われるのもしょうがないの。
だって、お姉さんと私は、着ている服も、話している言葉も全然違うんだもの。しょうがないわ。
むしろ、一緒にいられなくて申し訳なかった。
雅治くんは男の子だから、本当は私なんていらなかったんだと思うんだけど。
棚の上にそっと置いてくれて。一週間に一度は、埃を落としてくれるの。
私はそれだけで、嬉しかった。男の子に、しかもこんな大きな男の子に優しくされたのなんて、どれくらいぶりかしら?
そんな優しい雅治くんが、最近よくため息をついている。
うーん、と唸って「けいたい」と言う面妖な箱を睨み、やがて決心できずに諦めて「べっと」の上に放り投げる。
ここのところ、ずっとそんな風に過ごしている。
一体どうしたというのかしら?
何をそんなに悩んでいるの?
こうしちゃいられないわ。
だって、今の私は雅治くんの人形だもの。
私が雅治くんを守ってあげなくちゃ。
・・・とは言っても、この体じゃ満足に動けないわ。
どうにかしないと。百年ちょっとしかまだこの世にないけど、それでも私は雅治くんのお人形だわ。
・・・そうね、誰かの寄り代を借りて化けるのが一番楽かも知れないわ。
私は、雅治くんの部屋にきたことがあるお友達の思念を追ってみた。
・・・だめね。今の時間寝ている子はいないみたいだわ・・・。
まだ夕方だもんね。もう少し待って・・・あら?誰か寝ている?
私はその思念をたぐり寄せて、夢の中に入る。
随分遠い所ね。
誰の思念かしら、これは。
「こんばんわ」
私は声を掛けてみた。
相手がこちらに意識を向けてくれたおかげで、ようやくはっきり姿が見えた。
優しそうなお顔。確か、幸村くん・・・だったような・・・。
「君は、誰?・・・フフ、なんだか昔の蓮二に似てるね」
「あら、それ雅治くんにも言われたわ」
「仁王に?」
「ええ。私は雅治くんのお人形なの。幸村くんにも会ったことがあるわ」
「僕に?」
「ええ。棚の上の薄汚い、着物をきたお人形よ。名前はと言うの」
幸村くんは、私の言ったことに対して、困ったように笑みを歪めた。
「ちゃんは、どうしてこんなところに来たのかな。僕は見ての通り入院中なんだけど」
「え・・・?あ、あら、ごめんなさい・・・知らなかったの・・・」
まあ入院中だなんて!
たしか、大きい病気や大きい怪我をした時を、そう呼ぶんだったわ。
狼狽える私に、幸村くんが笑う。
「謝らなくて良いよ。それより何か言いたいことがあって来たんだろう?」
「本当にごめんなさいね・・・。あの、実は私、貴方を寄り代にしようと思ってきたの」
「寄り代?」
「そうねぇ、なんて言えばいいのかしら。・・・姿を貸して欲しいの」
「僕の?つまり僕に化けるってこと?」
「ええ」
「いいよ、面白そうだし」
「ええ!?いいんですの?私まだ何も事情話してませんのに」
「君は仁王の人形なんだろう?仁王に何かあって来たんだね?」
「まぁ、幸村くんは聡いのね。そうなの、ここのところずっとため息ばかり吐いていて」
「そうなんだ」
「ええ、それで心配で心配で・・・。そうだわ、ちょっと間違っていないか見てくださる?」
私の頼みに「いいよ」と幸村くんが言ってくれた。
私が一生懸命に模して化けると、幸村くんが苦笑いした。
「どこかちがってまして?」
「いや、パジャマ姿だし。・・・自分のそういう姿ってあんまりみたくないもんだね」
「あ・・・そうよね、ごめんなさい」
「いや、いいよ。それにしても女言葉の僕って違和感有るなぁ。なんで僕にしたの?」
「そ、それはその・・・」
眠っていたのが、貴方だけだったなんて言えないわ!
病人は眠るのが仕事だもの!
「雅治くんの部屋に来たことがある人しか、私は知らないし。その中でたまたま幸村くんに辿り着いただけなの」
ふぅん、と幸村くんがニコニコ笑いながら頷いた。
「格好はせめて制服がいいなぁ」
「あ、雅治くんがよく来ている洋服ね」
私が思い出して、それに化けると、幸村くんが嬉しそうに頷いた。
「うん、そうそれ。早く僕も着たいな」
「すぐ着られるようになるわ。幸村くん、雅治くんと同じくらい優しいもの」
「仁王と並べられるとなんだ複雑だな。とりあえず、ありがとう。・・・・あ」
「なにかしら?」
「姿を貸すかわり、と言ってはなんだけど。一日なにがあったかこうして報告に来てくれる?」
ああ、幸村くん、寂しいのね。
そうよね、寝てばかりなんて寂しいし、退屈よね。
「わかったわ」
私は胸を張って頷いた。
そうしたら、もう、幸村くんも起きる時間になったようで、私の意識は、雅治くんの部屋に戻された。
あら、お別れも言えなかったわ。
まあ、明日も行くんだし。いいわよね。
窓の外は薄闇に成っていて、雅治くんは部屋にいなかった。きっとご飯を食べているのね。
ご飯を食べるのはいいことよ。
生きる元気が沸いてくるわ。
あんまり悩みすぎると、ご飯が食べれなくなるというし。そう成る前に解決しなきゃね!
少し早いけど、もう寝ましょう。
明日から忙しくなるんだから、力を蓄えておかなくっちゃ。
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