あなたとわたしのどちらかが息絶えるまで





















 今朝見た夢は、絶対口外できないようなものだった。



 柳生比呂士が、出てきて。

 ちょっと微笑んで、手を伸ばしてきて。私は、その手を取った。

 嬉しかった。私も笑った。



 目覚めた私は、しばらくベッドの上でぼーっとしていた。

 だって、柳生が、何故夢に?

 柳生とは三年になって再び同じクラスになった。

 しかしクラスメイトだからって仲がいい訳ではない。

 話したことは、多分あるけど、世間話的なことはしたことがない。

 それなのに、どうして、夢に出て来る?

 今まで一度も出てきたことなかったのに。

 嬉しい、とか。

 起きた今はそんなことは感じない。

 けど。

 夢の中で、確かに私はドキドキして喜んでいた。

 …気持ち悪い。

 乙女すぎる。私には似合わない。








 今日は晴れの体育祭だと言うのに、今朝から夢のことが頭をぐるぐるしてしまってちっとも集中できない。





 100m走を走ったら、私の出番は終わり。

 うちの学校は人数が多いので、個人が参加する競技は一つか二つだ。

 みんなでわいわい何かをするのが苦手な私には、丁度良い体育祭。

 まあ、陸上部なので走るのは嫌いじゃないんだけど。



「おみごとです」



 一位の人は小さい旗を貰える。

 その旗の数で学年の一位、二位、三位のクラスが決定される。

 本当のところは、実行委員が記録を付けているので、旗を回収されることはない。記念品みたいなものだ。

 ので、それをプラプラさせてクラス待機場所に戻ってくると、ぱちぱちと誰かが拍手した。

 視線を旗からそちらの方に移すと、柳生比呂士が私に向かって手を打っていた。


 途端、夢がリフレインする。


 悟られても気まずいので、私は視線を逸らしながら「ありがとう」と返した。



「さすがですね。リレーの方にも参加されても良かったのでは?」

「前もそんなこと言っていたな。生憎、私はバトンパスが下手なんだ」



 返事をしながら、私は自分の言葉に引っかかりを覚えた。

 前?

 前ってなんだ?

 『前』に該当する会話を探してみる。


あれ?


 柳生は「そうなんですか」と頷いた。


私、意外と柳生とよく話してる?

 違う。私が話してるんじゃない。柳生が話しかけてきてくれるのだ。

 そう、今のこんな風に。

 クラスの方から「柳生く〜ん」と女子の声がし、私は思考の海から引っ張り出された。

 柳生は私に少し頭を下げ、彼女たちの方に歩いていった。

 何となく私は、その行動を目で追った。

 そうだ。柳生は女子に優しい。

 私は一人で居ることが多いから、柳生と話すことが多いように感じるだけだ。

 意識しない会話を、彼と繰り返していただけだ。



「よっす、、相変わらず速いなお前さんは」



 ポンっと肩を叩かれた。

 振り返ると同じカラーの仁王が片手を上げて立っていた。



「なんだ、仁王か。当たり前だ、速くなければ陸上なんて辞めている」

「潔いのう、お前さんは」

「ふふん。そんなことを言いに来たのではないのだろう。柳生は向こうで女子と会話中だぞ」

「あー・・・ほうか、アイツも馬鹿じゃのう」



 親指で柳生が居るであろう方向を指さす私に、仁王が呆れた溜息を吐いた。

 そんな風に間接的に柳生を詰る仁王は珍しくて(影で誉めて直接貶すタイプだと思っていた)、私はぎょっとした。



「なんでそんなことを言う?柳生が女子の甘いのは、今に始まったことではないだろう」

「だが、さっきまでお前さんと話してたじゃろ?」

「ああ。しかし、女子に話を中断されるなんてよくあるコトだぞ?まあたいした話をしていたわけでもないから支障はないがな」



 私の言葉は全然フォローになっていなかった様だ。

 仁王はますます苦い顔をした。



「よくあるとは知らんかったぜよ。・・・なんじゃアイツ、自業自得じゃねーか」

「・・・?悪い。私は、お前や柳生ほど頭が良くないんだ。懇切丁寧に話してくれ」

「んー。ま、柳生のこと嫌わんといてやってな」



 そういうと、仁王は私の肩をぽんぽんと叩いた。

 嫌う?嫌う理由がない。

 理由がない、はずなんだが・・・。



「仁王」

「おう」

「私は何か不自然な態度を取ったか?」

「・・・・。どうしてそう思うんじゃ?」

「・・・・私は、柳生が、嫌いなんだろうか?」



 夢に見た。

 私も柳生も笑っていた。

 でも、実際は?

 私は柳生と『会話している』ことを意識して会話したことがなかった。

 と、言うか、柳生という存在を意識したことがなかった。

 何故だ?

 嫌い、だから?

 本当は話したくないから?



「お前さんが分からんことを、俺が知っとるはずなかと」

「そう、だな。嫌いでは、ない、はずなんだが。お前に言われると自信がなくなる」

「なんぞ。俺は、がそう悩むなら、嫌いたくないんじゃろうな、とは思うぜよ」

「・・・そうなんだろうな」



 仁王とこうやって会話できるようになったのは、柳生のおかげだ。

 一年の初め、入り口近くの席で、特に誰とも話していない私は、よくクラスの人を呼び出すのを頼まれていた。

 仁王とのも出会いもそれで、その後柳生が私のところへきて、仁王のことを教えてくれた。

 それが柳生と話した初めだった。

 思えば、学校に執着心の無い私に、学校に居る意味を柳生は次々吹き込んできた。

 それが仁王だったり、陸上だったり。

 そういえば、二年の時の思い出があまりない。

 二年の時、柳生は同じクラスじゃなかった。

 だから、私は、学校で行われている様々なコトを知らずに過ごしたのだと思う。







 仁王と別れてクラスの待機場所に戻ると、先生に呼び出された。

 返事をして担任の元に駆け寄ると、



「実はな、今日の松田のヤツが休みだろ」

「はい」

「それでな、フォークダンス時の男子が一人足りなくてな。お前やってくれないか」

「はい。わかりました」



 身長順で妥当なところだろう。

 すでに私の後ろの女子は男子役なので、次に私におはちが回ってきたわけだ。

 安堵する先生を見送って、私は待機場所に戻り座る。

 ぼんやりとプログラムをみて、ダンスまで後どれくらいか確認する。



(ダンス、か)



 夢の中で、手を差し出された。

 私はその手を取った。

 そして。



(ダンス。・・・本当に人には言えないな。恥ずかし過ぎる)



 今まで意識したことがなかったけれど。

 私は、柳生のことが、好き、なんだろうか。










 体育祭が終わり、実行委員に紛れて体育係の私は片付けを手伝う。

 体育倉庫に、玉入れの玉が入った箱を担いで持っていく。重い。まあ持てないことはない。



(あんなにダンスしたかったのか、私は)



 フィナーレの、フォークダンスを思い出す。

 男子の列に並んで。女の子の手を取って。

 私が相手にした女の子たちが、一つずつ前に順番をずらして、やがて柳生の手を取って踊る。

 それが。

 羨ましかった。

 何故か、ひどい、とも思った。

 散乱した道具類を足で蹴って、箱を置くスペースを確保する。

 どすん、箱を下ろし、ふぅっと一息吐くと、



さん」



 入り口から柳生の声がした。

 薄暗い倉庫の中、夕焼けの光が差し込むのは小さな窓と、入り口からのみ。

 彼の顔は逆光でよくみえない。

 そのせいか、ただならぬ雰囲気をまとっているように見えて、私は少し息を呑んだ。



「柳生?どうしたんだ。係じゃない生徒はホームルームじゃないのか」



 倉庫の中に柳生が入ってくる。

 私の問いには答えない。

 私はパンパンと手の埃を払いながら、柳生の次の行動を待った。

 柳生は私の前に来ると、軽く膝をついた。



 デ・ジャ・ヴ。

 夢が、リフレインする。



さん」



 手を差し出す。




「踊っていただけませんか?」




 心臓が。

 壊れそうだ。




「・・・・・・・・・・・・うん」




 私は柳生の手を取った。



 涙が、出た。

















-----------------------------------------------
あとがき


 淑女の参考にした王女様が悪かった。男前口調になってしまいました。

 今まで全然気にしてなかった人が、夢に出てきた途端気になり出したりしませんか?

 柳生の無節操な優しさがあまり好きではない御狭霧です。

 でも、「サバサバしてる」って人から思われる人ほど、フェミニストに惹かれるらしいです。(だめんずうぉ〜○〜参照)



 ここまで読んでくださって、ありがとうございました。