テニス部の参謀は、クラスでも参謀だ。実行委員でもないのに、実行委員とともに指揮をしている。
うちのクラスだけ、他のクラスと違い、完全に柳くんの推薦の元競技の選手が決まる。
柳くんの眼力(目閉じてる?けど)に掛かれば、読めない思考などなく、大体の人が自分の参加したい競技に登録されていて文句は出なかった。
なにより参謀が独断と偏見で指示をしているわけではないことをみんな知っている。
常に考えているのはクラスの勝利。組の勝利だ。その理念に基づいた理論に反論するクラスメイトはいない。
だから私だって納得してるんだ。本当は。
ただ、『柳くん』に言われたのがショックなだけで…。
まあ、飴探しに選ばれた女子より増しかもしれない。あの子だって相手が好きな人じゃなければ灰になることはなかっただろうに。
小麦粉の中に顔を突っ込んで飴探す、終わった後には顔は真っ白、酷い顔に成らないほうが難しい。
その点私はパン食い競争。
一時的に酷い顔を晒すだけで…いや滑稽な姿を晒すだけで済むのだから、まだマシか…。
柳くんから事前に配布された資料による、パンの大きさや高さの予想から本番をシュミレートし(って言うかそれくらいしか練習方法ない。人前で練習なんかできないよ!)いよいよ当日となった。
無表情ながらも、委員長や実行委員と共に、みんなの闘志を異常に高めさせる能力を持つ柳蓮二の策略(?)により、うちのクラスは開会式以前からものすごい盛り上がりを見せていた。
当然私も漏れずに術中にハマって熱狂していた訳だが、自分の競技が近づいてくるにつれて段々頭が冷静になっていった。
い、嫌だなぁ…。やっぱ、いざってなると及び腰になるよ。
「どうした、具合でも悪いのか」
じりじりと後ろの方に下がって鬱々と観戦していると、いきなり後ろから声がかかった!
や、柳くん!?
私みたいな障害物系競技、パン食い、飴探し、障害物リレー、の三点は、応援合戦と同時進行に行われる。
つまり簡単に言えば、グラウンドの円周内でパン食いと飴探しを隣同士で行い、コースで障害物リレーが行われるのである。
この三種の中で一番盛り上がるのは、もちろん障害物リレー。別名「お姫様救出大作戦」。どう考えたってそれである。
そしてこのカラー対抗の競技には、クラスごとの応援合戦とは違い、カラーの応援合戦が外周五点にて行われる。
柳くんはうちのクラスからカラー合戦に出場するために、青いカラーのセーラー服を着ていた。
振り返って女装柳くんを間近で見てしまった私は、吹き出しそうになるのを悟られないように必死になった。
うちのクラスの応援パフォーマンスでは、学ラン着てたのに!?どうしちゃったの!?何考えてるの青組団長!?
似合ってない!綺麗な顔してるのに、ガタイが良すぎるせいか似合ってない!
いくら隠そうとしても、柳くんには筒抜けだったのだろう。涼しい顔をして「似合ってたまるか」と言った。
「具合が悪いわけでは無いようだな。どうした。緊張しているのか」
「緊張と言うか・・・」
柳くんもパン食いやってみなよ、と言ってやりたかったが、それ以上に恥ずかしいコトをしている男にそんなこと言えなかった。
言い淀む私の続きを、柳くんは首を微かに傾げて待っている。
「そういえば、どうして私をパン食い競走に指名したの?飴探しでも良かったんじゃない?」
誤魔化すためとはいえ、答えなんてない質問をしてしまった。
飴探しでも良かったんじゃない?っていうか、どっちでも良かったに決まってるじゃないの。
呆れられちゃったかな、と内心心配する私を余所に、柳くんはびっくりしたような顔をして、
「飴の方がよかったのか?意外と大胆だなは」
と、少し視線を逸らしながら言われた。
だ、だいたん?
飴探しって大胆なの?何に大胆なの?パン食いだって大口開けてぴょんぴょん跳ねるんだから十分大胆じゃないの?
私が返答にあぐねていると、柳くんがコホンと咳払いをした。心なしか頬が赤い。
何故だ、私そんなにはしたないことを言ったのかしら。
「それは、まあいいとして、だ。もう始まってしまったことを悔やんでも仕方あるまい」
「うん、分かってる。変なこと聞いてごめんね」
「いや、俺もまだ少し修行が足りなかったようだ」
これ以上修行しなくても、柳くん十分色々すごいよ・・・。
などと話していると、放送が入った。
放送が見えるわけではないが、私も柳くんもそれに顔を上げた。
「さて、集合だな」
「うん」
「ああ、競技が終わったら、そのままで良いから俺のところにきてくれないか?」
「え?うん、別に構わないけど。カラーの応援スタンドね?」
「そうだ。・・・ではな。健闘を祈る」
「ありがとう!頑張ってくる!」
柳くんのささやかな微笑みに応援され、現金な私は、元気よく集合場所に駆けていった。
パン食い結果。残念ながら二位。
パンを咥えるのがあんなに難しいとは知らなかった。正直嘗めてた。ごめん、柳くん。
実行委員が私の順位を付けたのを確認してから、私はほてほてとパンを咥えたまま水道を探していた。
地面にうつぶせになってのスタートだったので、手が砂まみれでこの手でパンを掴む気にはなれなかった。
砂埃に晒されているパンもパンだけど、とりあえず舌触りはじゃりじゃりしてないからまあいいか。
「」
声の方向を見れば、セーラー服柳がスカートを翻して駆けてくる姿が見えた。
ちょ、おま、パン落としかけたじゃねーか!
「どこにいく?こちらに来ると言っていなかったか?」
柳くんの約束を忘れたわけではない。
行くつもりだったし、でもとりあえずパンを口から外さないと話せないので、手を洗う方を優先しただけだ。
私は両手の平を柳くんに見せたあと、あと2mもない先にある水道を指さした。
察しのいい彼は、それだけで「ああ、手を洗うのか」と理解してくれた。
私は一つ頷き、テコテコと水道前まで赴く。
水道付近には誰もいない。柳くんの方に近い水道はここだが、よく考えればゴール付近にも水道があった。
「手が砂まみれだから、パンを口から外せないんだな?」
蛇口をひねる私の横に並んだ柳くんが、珍しく確認しなくてもいいことを聞いてきた。
怪訝に思いながら、私は柳くんの方を向いて一つ頷く。
と、
パク
一瞬にして柳くんの顔が目の前に近づき、私のパンに噛みつくと、そのまま半分以上を引き千切った。
私の方に残った、口の中に収まっていない部分のあんこが、ぽろっと地面に落ちた。
時が、止まった。
いや、止まってないけど。
どぼどぼと景気よく蛇口から水が出ている音がする。
手が、水の温度が最初はぬるく段々冷たくなっていくことを教える。
柳くんは、千切られた部分を手で押さえ、口の中にあるものを咀嚼し、ゆっくりとすべてを食べ終えた。
薄く開けた目が、揺れている。
何も考えられない私は、釣られて、草食動物みたいにもさもさと手を使わずに、はみ出たモノまで平らげた。
「これで、喋れるな?」
その言葉に私の時間は正常な流れを取り戻した。
パンに水分を持って行かれたカラカラの私の口内は、しゃべることを許さなかった。
いつもの調子に戻ってしまった柳くんに対し、私はようやく何が起こったかを判断できる様になったばかりで、顔が真っ赤になっていくのを自覚する以外に術はなく、出しっぱなしの蛇口を上に向けて、私は水を飲んだ。
「俺の用事は、以上だ」
そう言いながら、柳くんが立ち去る気配がない。
用事って。
大胆って。
頭に上った血は、正常な機能を忘れてしまったように下がることをしない。
どぼどぼ水の音がする。
アナウンスが聞こえる。
点数が追加されたらしく喚声が沸き上がる。
だれも。
だれもこっちを見ていないような。
ただ、柳くんの視線が、痛い。
「わ、私は・・・」
声が、小さい。
声が、でない。
「好きだ」
代弁された声に、頷くしかできなかった。
終
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あとがき
こんなこと好きでもないヤツにされたら、一週間は学校いかなくなるね!
青いセーラーと書きましたが、想像では巷で有名な涼宮ハルヒ(字違う?)のコスプレだと思います。
柳って澄ましているけど、イベントとか熱心にやりそうなイメージがあったのです。
テニスがあるから、実行委員とかできないけど。みたいなそんな感じで。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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