最近、ニオと話をしてない。
関東大会、ニオは勝ったけど、結局立海は負けた。
私はニオの彼女になるまでロクにテニスを意識して生きてこなかったけど、決勝戦は凄いと思った。勝ち負けとか正直関係ない気がした。
でも、ニオは「負けは負けじゃ」と笑う。少し悔しそうに笑う。
ニオが負けたわけでもないのに。
そう言うと、ニオはニコッと笑ってどっかに行ってしまった。
置いてかれた私は、怒らせたのだと、漸く気づいた。
怒るだろうな、とは少し考えれば分かったのに。
悔しがってるニオなんてらしくないから、冗談のつもりだったのに。
気が置けない、と、気を使わない、は意味が違う。私は分かってなかった。
筆無精…と言うより、束縛するのもされるのも苦手なニオは、余りメールしてこない。電話も余りしてこない。
大会が終わった後からも、あんまり一緒に居られなかった。
10年以上連続で関東大会を優勝してきたテニス部。
その実績が破られたせいで、部活も一層熱が入っているらしい。
入院していた部長さんも帰ってきたらしい。
ニオから聞いたことじゃない。
全部、人伝。
そのことは、別に、不満には思っていない。
ニオは、私にテニスの話をしない。
私がテニスのことを余り知らないからなのか、自分が一生懸命なのを悟られたくないからなのか、話さない理由を私は知らない。
私もニオにテニスのことを聞かない。
ニオが真面目にテニスしてることを知ってるから。
でもそう言うと、ニオは話をはぐらかして少し機嫌を悪くする。
それに、部活の話をするとニオは自分のことを話さずレギュラーメンバーを誉めるしかしないので、私が嫉妬して機嫌が悪くなってしまう。
きっと、言えば一緒に帰るなりなんなり出来たのだと思う。
・・・思いたいだけかもしれない。ニオから「待っとって?」なんて台詞、久しく聞いてないから。
でも、こっそりテニスコートを覗けば、がむしゃらに練習するニオが居て。
関東大会以前の様子とは少し違って。
ああ、私ってなんて邪魔なんだろう。
そう思って、声が掛けれなかった。
ニオも心のどこかで気づいたんじゃないだろうか。
私が邪魔だってこと。
彼女っていう束縛する存在が邪魔だってこと。
空いてる時間があれば、練習したいだろう。
だって、詐欺師の仮面は、真面目な努力の成果なのだから。
そう考えると、泣けてきた。
私の入る余地なんてちょっともないじゃないか。
ニオはなんで私を彼女にしてくれたんだろ。
好きな人が居なかったから付き合ってくれたのだろうか。
そう言えば、ニオから「好き」なんて言われたことがない。
言われたことが、ない。
それは、束縛の呪文だから、だ。
「ええと、今騎馬戦の入場が始まったから、次は、棒倒しの集合を掛けて…」
ニオがテニスに一生懸命になっている傍ら、私は運動会の実行委員に立候補していた。
忙しさで気を紛らわしたかったのと、忙しい理由が欲しかったからだ。
ニオに言ったら「頑張りんしゃい」と頭を撫でてくれた。
それだけだった。
実行委員になると言うことは、夏休み後半から仕事が始まると言うことなのに。(うちの学校は中、高合同の運動会の為準備がハンパなく手間がかかるのだ)
仁王はテニスで忙しく、私は準備で忙しい。
ロクに会うこともなく二学期になり、一緒に帰ることもメール仕合うこともロクに無くなった。
この状態が続くことを人はこう呼ぶ。即ち「自然消滅」と。
虫が良いことに私はまだ「自然消滅」を覚悟してないようで、考えるだけで全身の血の気が引いてしまいそうになる。
慌てて暗い思考を振り払う。こんなとこで貧血を起こしている場合じゃない。
どこの学校でもそうかも知れないが、騎馬戦はやはり運動会で一、二位を争う盛り上がりを見せる。
特にうちの騎馬戦はちょっと変わっていて、参加者は皆上半身裸、さらに体のどこかに文字を書いて出場する。
そんな鼻血ものの騎馬戦の間の裏方作業に人気があるわけがない。
しかし誰かが遣らねばならない。
と言うわけで、私は棒倒しの整列係である。
グラウンドの円周内で騎馬戦は行われる。
次回、次々回入場待ちの生徒は、グラウンドから少し離れた砂場の横で整列する。
実行委員用のプログラム(参加者の名簿付き)をめくりながら、持ち場に急ぐ。
ふと、騎馬戦の名簿に呼びなれた苗字を見つけた。
仁王雅治。
見ないようにずっとしてた。だから裏方作業に立候補したのに、今更ながら未練が鎌首を擡げてくる。
思わず、グラウンドの方を見る。
入場行進は半ば。女の子の黄色い声援もさる事ながら、ヤンキーさながらのこの格好に触発されて男子も盛り上がる。何せ上半身裸に晒し巻いて入れ墨ならぬ文字をいれるのだ。
スタンディングオベーション。
見えづらい。
そんな中でも、目的の人物を一瞬で見つけることができるから、ああまだ私恋してるんだな、と再確認してしまう。
ニオの髪の毛は目立つ。
針金みたいな色をしているくせに、綿毛みたいにフワフワと動く癖っ毛。
青が好きなくせに、髪を縛るゴムは色あせた赤で、そこだけがカラーの世界。
ニオは土台だった。ニオの身長と体重からすれば妥当に違いない。
バラバラと騎馬が持ち場に着く。
そこでようやく、ニオの背中に文字が書いてある文字が読めた。
『愛しとうよ』
文字を確認した途端、視界がぼやけた。
涙が溢れて止まらなかった。
力が抜けてしまって、しゃがみ込んで、私は顔を覆った。
ああ。
もう死んでもいい。
死にたい。
このまま死にたい。
少し汗ばんだ、恥ずかしがりもしない、筋肉が張っている、堂々とした背中。
フワフワな針金がハチマキに押さえつけられて、パイナップルみたいになっている。
顔は見えない。予想も付かない。ああ。
好きすぎて、死ぬ。
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あとがき
こんなことニオちゃんにされたら、私だって死にます。
うちの学校は騎馬戦が禁止だったので、よその学校を羨ましく思ったものです。
何故か私たちの代が卒業してから、騎馬戦が復活したようですが・・・はて。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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